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ヒーローはうそつき

作者: 南方

※擬人化話です。

 朝、起きる。


 夜、寝る。


 ボクの一日の中で一番重要なのがこの二つだ――。

 

 朝、目が覚めた(あるじ)は、ふあぁっと欠伸をして背伸びをした。

 ベッドから起き上がると、時間と温度計が一緒になった時計を見て「今日も暑くなりそうだ」と怠そうに言う。

 だから(そうだね……)とボクは返事を返した。

 とはいえ、自分が言葉を発しているつもりでも主には聞こえないので、そんな返事をしても仕方がないのだと思う――。


 主の腕時計の隣がボクの居場所で、朝と夜には必ずボクの頭に、ちょんと触れて「おはようさん」と「おやすみ」を言ってくれる。

 このやり取りは主が子供の頃からずっと続いていた。

 

――それなのに……。


 昨日の夜から、ボクの隣にはフィギュアという種類の置物が立っていて、今日はフィギュアに「おはようさん」と言った。

 当たり前だったボクの日常が崩れた瞬間だった。

 主は一度もこちらを見ず、何時ものようにコーヒーカップを片手にテレビを眺めながら出かける準備をしていた。

 準備が整った主は、ボクの横にある腕時計をひょいと持ち上げ、腕にはめると足早に部屋から出て行く。

 ガチャリと玄関の鍵か掛けられて、タンタンと主の足音が遠ざかって行くのを聞き、ボクは隣にいるフィギュアを横目で見た。


「なんだよ」

「いえ……」


 体の大きなフィギュアはボクより頭ひとつ大きくて、見下ろされると圧迫感があって怖かった。彼は不機嫌そうに「お前、名前は?」と聞いて来る。


「ボクはマルス」

「マルス? あー、どっかで見たことあると思った。俺、お前のこと知ってる」

「え、本当?」

「ああ、海外の有名な正義のヒーローなんだろ? 皆が羨ましがってたぜ、ポチられてカートに入る回数はいつもトップだってさ」


 ヒーローと言われて、ボクの体がギィっと傾いた。

 それは違う型番(タイプ)のマルスだよ、同じ工場で作られたから、実際は違わなくはないけど、でも君の知っているマルスとボクは違うんだ、と言いたかった。

 だって、ボクの型番はかなり古いし、新しいマルスはもっと恰好いいんだ。

 それに海外で活躍しているマルスは、店頭の一番良い所に飾られていて本当にヒーローだけど、ここにいるボクは違う。そう思ったら自然と否定の言葉が出ていた。


「ボクはヒーローじゃないよ……、たぶん……君の……」


 小さな声で拗ねるように言えば「ふーん」と興味無さそうな返事が返って来た。遮られた言葉を呼び起こすようにボクは彼に聞いた。


「ルイは……、日本育ちの正義のヒーローなんでしょう?」

「あ? 俺は別にヒーローでも何でもねぇよ」

「そうなんだ」

「どうして俺の名前知ってるんだ?」

「あ、うん、いつも主が携帯で君を眺めていて『ルイ』って言ってたから……」


 寝る前に主がいつも君の画像を見ていたから知っていたと伝えると「だったらヒーローじゃないことくらい知ってるだろ?」と言われてしまい、チッと舌打ちをしたルイは「俺は寝る」と言って眠ってしまった。

 ボクは少しほっとした。

 彼がヒーローじゃないと言ったから、まだ自分は捨てられたりはしないのだと安堵したが、けれど、いつかあの子のようにボクも……、と急に昔の出来事を思い出して悲しい気分になった。

 

 あれはいつだったか、今のルイと一緒の場所に立っていた『ぬいぐるみ』と呼ばれる置物で、ピンクの耳が印象的な子がゴミ箱へと捨てられるのを見た時のことだった。

 最初は綺麗なピンク色の耳だったけど、次第に彼女は汚れて「最近わたし臭いの……」と自分の体の匂いを気にしていた。

 以前はよく洗ってもらっていて、常にふわふわの毛並みだった彼女は、爽やかなフローラルの香りがする子だった。

 けれど次第に毛も硬くなり、腕は取れ掛かっていて最後の方は見ていて可哀想なほどだった。

 ある日、彼女は消え入りそうな声で言った。


「わたし、この腕が取れたら、捨てられちゃうのかも……」


 ぐすんと泣く彼女にボクは言葉が出なかった。

 頭の片隅で「うん、そうだね」と肯定する言葉しか浮かばなくて、だから何も言えなかった。

 数日後、懸念していたことが起きてしまう。とうとう彼女の腕が取れてしまった。主にゴミ箱へ捨てられる時「たすけて」と涙したが、主は彼女の涙に気が付かなかったのか、それとも見て見ぬふりをしたのか、翌日、可燃ごみの袋に入れて何処かへ連れて行ってしまった。

 それを見た日から、いつかボクの身にも起きることなのだと覚悟したし、していた――――。


 数ヶ月が経って、主は十回に一度くらいはボクの頭を撫でて「おはようさん」と言ってくれたが、やっぱりルイの方がいい見たいで、ボクに挨拶した後、必ず隣の彼にも挨拶をした。

 夜にルイを持ち上げて色々な角度から眺めたり、携帯で写真を撮ったりして、主のお気に入りになった彼は、いつも疲れている見たいだった。

 ある日の昼過ぎ、ふぁっと欠伸をしたルイは「なあ、マルスはここから出たことないのか?」と聞いて来た。


「あるよ、主が小さい頃は、何処に行くのも一緒だった」

「へぇ……」

「でも、嫌なことも沢山あったんだ」


 主じゃない人に触られて、泥だらけにされて、汚くなったボクを泣きながら主が拭いてくれたことを説明した。

 

「ふーん、大変だったんだな、じゃあ、俺はまだマシか……」

「ボクは君が羨ましいよ」

「そうか? 主は何が楽しいんだろうな、毎回、俺の写真を何枚も撮ったりしてるけど……」

「いいな……ボクは一度も撮られたことがない……」


 彼に嫉妬している自分に気が付いて、急に恥ずかしくなった。 

 ボクが押し黙っていると、ルイが「お前ってさ……」と言葉を続けようとした時、グラグラと棚が揺れ始めた。 


「え……」

「何だ?」


 あっ、と思った瞬間、ボクとルイは棚から落ちた。それだけではなく、ボク達が立っていた棚まで崩れて倒れた。

 大きな揺れはしばらく続いて、あんなに凄い揺れだったのに、体は何処も痛くなくて変だと思っていたら、ルイがボクの下敷きになっていて呻き声を上げていた。


「ルイ、ご、ごめんね、重いよね?」

「いいんだ……、お前は無事か?」

「う、ん」


 咄嗟に彼がボクの下敷きになってくれたおかげで、無傷だったけど彼は足を負傷していた。

 彼の足がポッキリ折れて遠くの方に転がっているのが見えて、怖くて、怖くて、本当に彼の足なのか確認するのが恐ろしかった。

 でも勇気を出して視線を彼の足の方へ向けると、やっぱり彼の足は無くてボクは震えながら彼に告げた。


「ルイ、……あっ、足が……折れて……」

「あー、いいんだ、もう疲れたし……、このまま捨てられてもいい、俺はお前みたいにはなれないんだ」

「何を言ってるんだよ」


 ルイはぐらついた首を揺らし、目を細めて言う。


「だって、お前はヒーローだろ? 俺とは違って有名な正義のヒーローなんだ。羨ましいよ……」


 彼はボクのことが羨ましいと言った。

 有名な正義のヒーローで誰もが知っているから、羨ましくて憧れだと言った。


「そんな、君の方がヒーローじゃないか! こんなボクを……」


 ぐっと胸が熱くなりボクは言葉が出なくなった。くすっと笑うとルイは「そっか……」と言葉を零した後。


「ヒーローか、最後にお前のヒーローになれて良かった……よ」


 それだけ言うと彼は、パタと首を横へ向けたまま喋らなくなった。何度も、何度も、彼に声を掛けたけど、もう反応は無かった。ボクはそっと彼を抱きしめると眠りに付いた――――。



END.



その後、二体は主に救出された。

ルイは折れた足をガムテープでグルグル巻にされ、SNS上にネタとして晒された。

五体満足なマルスは、初めて写真を撮ってもらい、同じくSNSで晒されたが「すげぇー、レア品じゃん!」と主の友人に羨ましがられた。

そして、ルイもマルスも、相変わらず隣同士に並べられて、ちょっとだけ気まずい日々を送っているらしい……。


最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

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