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星からの贈り物  作者: こますけ
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プロローグ

大切な人の事を、忘れてしまった。

ずっと昔から、自分の心を支えてくれたあの子。

名前も、顔も、たくさんの思い出も…何もかも忘れてしまったけど。

唯一、あの子と一緒だったあの夏の日の事だけは、今でも覚えてる。

それは、僕がまだ少年だった頃。



あの日、僕らは夜空を見上げていた。

夏草の匂いが漂うこの屋上のテラスは、心地よい僕らだけの場所だった。

真夏なのにここの空気は涼しく、静かだった。



ジャガジャン〜


「まったく、弾けもしないギターなんて、何で持ってきたんですか?」

「なんとなく、そんな気分でね」

「今日は星がよく見えますね」

「久しぶりに晴れた夜よ」

「この星の光は、何百年前のものだって言いましたね?」

「今はとうに存在しない星の光かもしれない」

「不思議な話ですね」

「目に見えるからって、今も実在するとは言えないという事ね。思えば、すべてがそうだ」

「ああっ、また憂鬱な事を語り始める気ですね」

「そう、世界はとっくの昔に滅んでいて、僕はその残像を見せられているかも知れない」

「この世界が仮想世界とでもいいたいですか?」

「そう、とあるマッドサイエンティストが、僕の脳を水槽の中に入れて、感覚情報を電気信号で送ってるだけかも知れない」

「そんな暇な科学者さんはいませんよ」

「ならいっそ、僕の存在さえも架空ならいいのに」

「ええ、自分さえも夢の一部だとすると、寂しくないんですね」

「でもそこにある僕の脳だけは実在するんだ。悲しい事だ」

「それは”かも知れない”とは言わないですね」

「”コギト、エルゴ、スム”で、それは証明できてるから」

「”我思う、ゆえに我あり”ですか」

「ああ。現実ではもちろん、水槽の中の脳だとしても、僕の存在だけは真実だ」

「いくら憂鬱でも、自我だけはちゃんとあるんですね」

「でも他の全ては証明できない。僕は世界で一人だけの人間で、僕以外にはすべて偽物かも知れない」

「まったくあなたは、流石に中学生ですね」

「他人が、他人の存在が真実だとは、どうやって証明したらいいんだ?」

「なんでそんな事いちいち証明したがるんですか?」

「安心して信じたいからね。人の存在が、絶対真実だと」

「疑わなく、ただ信じたらいいじゃないですか?」

「それは無理だ。一度だけでも嘘や偽りを経験したら、それが出来なくなるんだ。臆病者になるんだよ」

「あ……」

「僕は彼女を、彼女の心を、その存在を信じてたのに……」


気晴らしのつもりで始まった話だったのに、僕はまたあの事を思い出す。


「そうですね。あなたはまだ幼いのに、とてつもない偽りを、経験してしまったのですね」

「そうだよ。世界の全てを疑うべきだった。心を許しちゃいけない。証明出来ないものを信じるのは馬鹿なんだよ!」


悔しさで涙目の僕は、そのまま横になった。

部屋に戻る気力がない。


「寂しいのですね」


そっと、あの子は僕に近づいた。


「寂しくない。自分だけが真実なんだから。他人に何かを求めてはいけない」

「だとしても、どんな理屈があるとしても」


そして僕を抱きしめながらこう言った。


「私は、私なら紛れもなく真実じゃないですか」

「……そう、だった」

「絶対に信じていいですよ。私だけはずっとあなたのそばにいるって」


すべては疑うべき、と言ってたけど。

何故かその言葉だけは真実だと、心の底からわかった。知っていた。

そして先まで感じてた憂鬱な気分は、晴れになった。



それから、いや、実はもっと前から。

悲しい時は慰めを、寂しい時は励ましに。

あの子はいつも僕の側にいて、ずっと心の支えになってくれた。


あの子は…誰だ。

世界で唯一、俺が絶対真実だと思っていたあの子。

大切な人だったはずなのに、よく思い出せない。

ずっと昔の話だから?

いや、違う。

そんなに昔の話だけではない。

つい先まで、あの子は僕のそばにいた。

それなのに、なんで思い出せないんだ?


歳をとり僕はとても忘れぽくなった。

最近もっとひどくなった。

しかし、それにしてもだ。

大事な事も忘れるってのは、何かの病気じゃないかと思う時もある。

な、お前はどう思う?

店が安定したら、一度病院に行くのも悪くないかも知れない。


店?

ああ、

喫茶店だ。

そう、僕は…店で…


僕はずっと誰かと話をしてる思ってたけど、これは夢だったね。

まったく夢に中では、今が夢だとわからないって。

支離滅裂な夢が終わり、僕は現実にもどる。

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