第82話 魔王戦(2)
ノエルの額から、汗のしずくが流れる。
差し向った魔王の凶悪なプレッシャーに、カシュバルが「俺たちは魔王に勝てない」と言った理由が分かる。
四角い小さな板一枚分のこの距離から、全力で斬りかかったとしても、おそらく傷ひとつ付けられないだろう。
「魔王様、それでは二歩です」
スケルトンの囁きに、魔王は丸めていた背中をぶるっとふるわせて、爪の先に挟んだ小さな駒を置くのをこらえる。
パチッと、とりあえず別の駒を動かした。
「ノエル、この駒の尖ってる方向って意味があるんじゃない? 勝手に右むけたりしたらダメっぽくない?」
「む……そうか」
飲み込みの悪い新人棋士を、ルールブック片手のスケルトンと、持ち前のカンの良さ頼りのマリモが補佐する。
「自分の駒、邪魔だから、じゃーんぷ」
魔王の一手。飛車が自軍の歩を飛び越えて戦場へ躍り出る。
「ダメですじゃ。ジャンプ禁止」
「王を守ればいいのだろう。簡単だ」
ノエルの一手。盤面から玉将が撤退し、自分の手駒へ。
「王様は逃げません、はい、戻して」
しばらくの攻防の後、マリモがそっと右手を上げた。
「もう少し簡単なルールでお願いしまーす」
「最初からこうしておけばよかったんじゃ」
「シーっ、音が聞こえないから」
魔王のターンにだけ話しかけてくる卑怯なスケルトンを、マリモが黙らせる。
盤上には、将棋のコマがゴチャっと一山。将棋崩しが行われていた。
ルールは簡単。山から自分の指一本で、駒を引き寄せて盤から落とせばいい。ただし、音をたてたらそこで終了、相手に手番が回ってしまう。
「ねぇ、爪の先、駒に刺さってるよね? あれアリなの?」
「そうかの? ワシからは見えんのぅ」
白々しいスケルトンの前で、魔王は次々と取りやすい駒を引き寄せていく。しかし、ついに重なった駒に手を出した時、カタンとハッキリ音が鳴ってしまった。
「ぬおお、惜しい。しかし、ここからは難易度爆上がりステージですぞ、すぐにまた手番が回ってまいります!」
今度はちゃんとルールを理解したローグは、とりあえず重かった腕装備と、頭装備をはずす。
そして3つ不安定に重なっていた駒を、こともなげに引き寄せて盤から落とした。
「宣言する。この後、魔王に手番は2度と回らない」
落ち着いた声で、またひと固まり駒を引く。
「ぬうぅ、そんなはずはない! 見ろ、その駒など尖っている方で立っているではないか!」
逆立ちしているような形で置かれている香車に、ノエルの指がかかれば魔法のようにすうっと移動していく。
おかしい、こんなのイカサマだと騒ぎはじめるスケルトンに、ノエルが薄く笑う。
「風のスケルトン、俺のギフトを知っているか?」
中央に残っていた7枚の層を、一気に動かしにかかる。一番上の銀将が微かに震えるが、音は立てない。
「【浪費家】【激運】【俊敏】そして……【器用】だっ!」
ジャラッと、盤外へ導かれた駒を見て、魔王はぐうぅと頭を抱える。勝負アリだ。
「さすがノエル。でも、なんでギフトの順番、いつもと逆に言ったのかなー」
マリモだけが、ニコニコと首を傾げる。ローグだって、時には映えを意識するのだ。
「今のが魔王戦だった……だと?」
あらためて玉座に座った魔王と、その前に一列に並んだ四天王と向き合って、ノエルはうめいた。
笑って話が進まないからと、2人とも、元の装備に戻されている。
「だってオマエら説明聞かねぇんだもんよー。あの死闘の後で、魔王様とガチバトルしろって言うはずないだろ」
ようやく出てきた管理者に言われてみれば、みんな「魔王戦?」という空気を出していたような気もする。
スケルトン戦の後で行われるのは「魔王様とゲーム対決!」みたいな、かわいいコーナーなのだ。
ちらりと横のマリモを伺えば「ちょっと気づいてた」とペロリと舌を出す。
「ガチバトる?」
気軽に誘ってくる魔王には、首を振って答える。
「いや、準備はしたが、ここに立っているだけで足が震える。勝てない」
それは、魔王だけではない。リミッターを解除された四天王全員が、破格の闘気を放っている。
端にいる見覚えのない黒髪の男が、親の仇のようにノエルを睨んでいるのも、すごく怖い。
「それが分かるというだけで、やりおるわ。それにカシュバル君より、落ち着いてるように見えるぞい」
風のスケルトンは、前回の魔王戦で国王の威信をかなぐり捨て、しりとりを「る」で終わる言葉で攻めまくって辛勝したカシュバルの顔を思い浮かべているようだ。
「おまえら2人はゴリゴリの前衛だからな、勝負のクライマックスは実質オレとだっただろ。いいバトルだったぜ、またやりてぇな」
今度はパーティーの構成ってモンも少し考えろよ、と水のワーウルフにアドバイスされる。
土のゾンビは相変わらず、おっとりとした口調で言った。
「でもさぁ、2人がダンジョンに潜らなくなったら、誰かさんが寂しがりそうだよねぇ」
チラ、と四天王全員から見られて、羽根飾りが激しく揺れる。
「これからもオイラのダンジョン管理は続くんだ。この問題児たちが卒業したら、寂しいどころかホッとするわ」
管理者の言葉に、マリモが「えー」と声をあげる。
「『ヴァン』は、いいのか?」
骨の面からのからかうような声に、その名を呼ぶな! と青年は顔を背け「無いよ」とにべもなく口を結んだ。
では、と管理者から見上げられた魔王は、すっと前方に腕を伸ばした。
「迷宮の最奥へ至った者よ、願いを言え」




