第68話 再会と悲願(2)
昼食の会計のためテーブルまで来た店の主人に、何故かマリモは鍵を渡す。
それが何の鍵か理解したノエルは、顔色を変えた。
「マリモ……それは」
「うん、ゴンゴルノの武器部屋の鍵だよ」
少年たちも、ああ、あの宿屋の鍵かとすぐに思い当たる。
「宿のご主人にホコリをかぶったヤツから売って、ってお願いしてあるんで、アレで食事代を清算してくださーい」
「いや、待て。入手した時期と、必要性は必ずしも一致しない」
うんうん、とマリモはうなずく。
「それで、ノエル先輩。後輩の分のお支払いはどうするのかな?」
ぐぅっと相棒は息を呑む。こんなに追い詰められた顔、ワーウルフ戦でも見ていない。
「この子たちの分も……俺の、支払いで」
この世の終わりのような顔で、酒場の主人に伝えると「おー」と周りから拍手が起こった。
オーガストに肩を支えられながら店を出るノエル。
その後で、マリモがさらに支払いをしているのを見て、ソフィアは足を止めた。
「ノエルが払ってくれたのでは?」
「ん? これは自分の分だよ。私はノエルの後輩じゃぁないからね!」
歩き始めた褐色の戦士の、巨大なバトルアックスをちらちらと見ながらソフィアは問いかけた。
「あの……マリモさんは、ノエルとふたりきりで迷宮に挑んでいるんですよね。どんな関係なんですか?」
簡潔に応答しようとしたマリモは、少女の質問の意図に気付いて、この恋愛脳めと苦笑いした。
「ノエルとは……そうだなぁ、戦友になれたらいいなと思ってる」
マリモの実感では、「得体のしれない怪力女」から「気安いパーティーメンバー」くらいには昇格したと思っているのだが、どうだろう。
「……戦友」
その回答がよほど予想外だったのだろう。少女は初めて聞いた言葉のように復唱した。
先を歩く勇者と魔法使いが、ノエルを挟んでじゃれ合っているのに、ソフィアがきゅっと眉根を寄せたのを見て、マリモはあらまぁと天を仰いだ。
「人生にはさ、いろんな人がいてくれるといいよね」
唐突な人生論に、再びソフィアはマリモを見上げる。
「好きだって言ってくれる人はもちろん大事だけど、真剣に叱ってくれる人も、背中を預けて戦える人もすごく大事だと思うんだ」
「自分を愛してくれる人よりも……ですか?」
揺れる黄緑色の瞳に、力強い笑みでマリモは答える。
「だって、それだって、全部愛だよ。さ、行こう、置いて行かれちゃう」
「うひゃー照れるー」と叫びながら走っていくしなやかな背中を見つめて、しばらくソフィアは呆然とする。
全部愛だよと言い切った声が、耳から離れなかった。
ノエルとの再会に「あれから自分たちがどれだけ成長したか見せたい」という気持ちも燃え上がって、3人の士気は最高だった。
はやる気持ちは、声を出し合って抑え、戦う時には全力で。
休むべき時にはきちんと食べて眠り、物資の消耗はほぼ無い。
考えうる最高のコンディションで、オーガスト隊は8度目のヴァンパイアの戦の火蓋を切った。
「美しき戦いを、楽しもう」
あぁ、また会いに来てくれたんだね。
うっとりと微笑したヴァンパイアは、すでに3人の名を覚えていた。
盾役のオーガストの戦い方は、粘り強くて泥臭い。
剣に天性の才能は無く、フェイントが致命的に下手だ。それでも視線の先にひたむきに振り下ろす剣は、戦うたびにその重さを増してきた。
盾を掲げて、後衛の姉妹をかばう姿には、激しい雨から作物を守る農夫の魂さえ感じる。
「薔薇よ」
「オレが、受けるっ!」
業炎に踏み込むことで、後ろに回り込む火の威力を抑え込む。
斬られても、焼かれても、へこたれることの無い勇ましい心。【勇者】のオーガスト。
「炎よ、収束して敵を撃て」
魔法使いの方は、とても筋がいい。撃ち出される火球の威力は申し分無く、軌道の制御も見事。
オーガストとの連携が決まると、このハンデ下では彼女の魔法から身をかわすことができない。
ただ惜しいことに、火のヴァンパイアと属性被りなのだ。ヴァンパイアに火耐性がある分、彼らは苦戦を強いられている。
土のゾンビ戦は、ここよりよほど楽に突破できるかもしれない。
「そうやすやすとは行かせないけどね」
メイン火力になっている彼女を叩かないと、今度こそまずいとヴァンパイアはターゲットを変えた。
「メイ!」
魔物の剣で肩を貫かれた魔法使いの姿に、オーガストが鋭い声を上げる。
「……!?」
ヴァンパイアが抜こうとした切っ先は、少女の手につかまれて動かない。
「炎よ」
痛みにもまるで淀まない、詠唱の声。
「収束して敵を撃てっ!」
ヴァンパイアの視界を赤い炎が塗りつぶす。【火】のメイ。
「癒しよ! 姉さま、しっかりっ!」
炎の向こうから、聞こえる柔らかな声。【癒し】のソフィア。
再戦の度に、見つめるまなざしから迷いが消えていく。僕と話したことを、夢だったと忘れていく。
あんなに長く冒険者と話すのはダメだって、管理者が怒るんだ。仕方がないじゃないか。
煙が晴れると、顔の前にミラーシールドが付きつけられていた。
「これで、終わりだっ!」
勇者が咆哮し、デバフが発動する。
ここからヴァンパイアは指一本動かせない。
剣撃のラッシュ、魔法のラッシュ、毒霧で補佐したソフィアは、杖でポコポコと足のあたりを叩いている。
そうだね、本当によく頑張ったもんね。
もう……次に行かせてあげなきゃね。
浮き球に満たされていく闘気を見つめながら、ヴァンパイアは静かに目を閉じた。




