第66話 水のワーウルフ(3)
ワーウルフの噛みつきを、バトルアックスは難なく受け止める。
雪をふみしめて振りかぶったマリモは、オオカミの肩から背中を袈裟懸けに斬りつけた。
「ぐぉっ?」
驚いてうめいたワーウルフは、クルリと回ってとびすさり、素早く軌道を変えながら突進2連撃。
1度目をいなして、2度目に向こうから突っ込んで来た威力を、そのままバトルアックスの刃で返す。
ギャンと鳴いてひっくり返った様子は、野犬を思わせた。
この隙を、見逃すならず者では無い。
失った武器の代わりを、ザックの中から取り出して、マリモの隣へ立つ。
「おでこから血が出てるけど、大丈夫?」
「こめかみだ、問題無い。マリモは動きが段違いだな」
グルルと唸りながら、身構えているワーウルフに油断なく視線を送りながらノエルが答えた。
「ダンジョン入ってからこのくらいしか見えてなかったから、すごい視界が広いよ。あと、力も入るし、足も動くっ!」
このくらいと示した範囲は、視野角20度。よくそれでここまで来たなと逆に尊敬する。
「あとさ、もうそれしか武器無いの? どう見ても片方氷属性だし、もう片方クナイでしょ?」
右手に氷の剣、もう片手にクナイを握りこんだノエルは、明らかに殺気立ったワーウルフを見つめて、静かにうなずく。
「いいんだ。おそらく、これで合ってる」
キラキラと氷の粒を纏い、低い唸り声を上げながらワーウルフは後ろ脚で立ち上がる。
「そうか、オレに本気を出させてくれるってことだな?」
今まで同じ高さだった目線が、倍高い位置まで上がっただけでも、威圧感が凄まじい。
「よくぞ見抜いたな、確かにオレは……寒いのが苦手だ!」
やはりそうか、とノエルは納得する。今までの火属性攻撃は全て、この環境下で相手が暖を取るために吸収していたのだ。
実は自分も、レイピアが火属性を発動するたびに、握りがちょっと暖かくなるのに助けられていた。
「ニホンの技術により、俺はこの発熱する素材を着ている限り、寒さに震えることは無い」
「……なんだと、その防具はドロップしないのか!」
食い気味にノエルが尋ねると、おまえたちにはオーバーテクノロジーだよと鼻で笑われた。くやしい。絶対討伐しよう。
「伸縮性にも富む素材ではあるが、オレの本気の前には破れ、ほつれるかもしれん。それだけは避けたい」
言いながら、上下のスエットを脱ぎ、ていねいに畳み始めたワーウルフに、何となくマリモは目を逸らす。
スッとこちらに向けて、前足をかざして見せたワーウルフは「5分だ」と宣言した。
「これを脱いでしまったら、オレは5分しかもたない。だがその5分で、おまえたちに地獄を見せてやる」
ワオォーンと高い遠吠え。
これほどの茶番の間にも、切り込む隙が見当たらないほど2本足で立ったワーウルフは強い。
「おそらく攻撃方法が変わる。油断せず5分、耐えきるぞ」
先に斬り込んだノエルの背中に、マリモがおずおず問いかける。
「ねぇ、指4本しか無かったけど、誰もそれにはツッコまない感じ?」
「ワーウルフの第二形態久々に見たな。イシシ、やっぱり強えぇわぁ……」
管理者は惚れ惚れとモニターを見つめる。
このワーウルフ、四天王の中でも最も努力家。ニホンの技術に触れてからは、加圧トレーニングを取り入れ、プロテインも愛飲していた。
そして某有名ハンティングアクションゲームを知ってからは、鬼のようにやりこみ、その内容を自分の戦闘スタイルにフィードバックしている。
「カシュバルと戦った後に今作が発売してるから、あの時の3倍は手ごわいだろうな」
氷のブレスを避けた、と思ったノエルは、さらに首を振りながら追ってきた氷雪をモロに浴びる。
地面にくっついてしまった足へ振り下ろされた爪は、マリモのバトルアックスが止めた。
「マリモは、運動会の徒競走で裸足で走った方が速いタイプだな」
半笑いで管理者は評する。この氷点下で、ヘソ出し、裸足の野生児は、暑苦しい防寒着を脱ぎ捨てて、実に生き生きと戦っている。
自身の身長の倍以上の高さから押し付けられる前足を、真っ向から力比べで押し返していた。
「肩を、借りる」
小さく断って、ノエルはマリモの肩に足をかけ、跳んだ。
地面にはくっついたままのブーツ。片足だけ裸足のローグは宙できりもみしながら、ワーウルフの首の後ろを斬りつける。
「ぐあああぁ! ヒヤッとしたぁ。許さんぞ!」
怒りに燃えるウルフのラッシュを、ノエルは必死でよける。裸足で踏む雪が冷たくて、早くも感覚が無い。
「寒い時は、体を動かそーう」
ブオン、ブオンと振り回されるバトルアックスが、容赦なくワーウルフの鼻先を切りつける。
あんなに雪の上でしっかり足を踏ん張って、やはりマリモの感覚はちょっとアレだなとノエルは確信した。
特大の咆哮に、耳をふさいだ2人の前で、急にワーウルフの動きが止まる。
そして、やけに緩慢な動きで自分の首の後ろに手をやった。そこに突き立っているのは、一本のクナイ。
「おまえ……まさか」
霞む視界で見下ろした銀髪のローグは、本命が刺さっている感覚を鈍らせるために使った氷の剣を、クルリと手の中で一回転させて見せた。
「先端に毒を塗っておいた。やはり獣系には、効きがいいな」
「見事……だ。3回、剥ぎ取るが、いい」
パタリと倒れたワーウルフに、やったぁとマリモは歓声を上げて、ノエルにハイタッチを求める。
しかしリーダーは、地面からようやく剥がしたブーツを履きなおすことに一生懸命で、しばらく勝利の喜びを分かち合うことは無理そうだった。
30階のボス討伐により、金の箱が出現。二人がそれぞれ鍵を納めると、レンガの鍵に青い宝石がはめ込まれて戻ってきた。
「これが、氷城の鍵」
ゴクリとマリモが喉を鳴らす。風のスケルトンが支配する最終階層を開く扉の鍵が、今この手の中にあるのだ。
隣を見ると、ノエルもまた真剣な顔で鍵を見つめている。
「氷城の鍵……まさか、次も寒いんじゃないだろうな」
そんなことは無いので、安心してほしい。




