第65話 水のワーウルフ(2)
水のワーウルフとの決戦の場は、薄く雪が積もったフィールド。遠景に見える崩れた城が、かつて栄えた城塞都市を思わせる。
冷気の靄の中、巨大な狼がこちらを見た。
その圧倒的な存在感は、今までのモンスターたちと格が違う。
一気に踏み込めば、狩られるのはこちらの方だと、ローグは強く武器の柄を握る。
ワーウルフは、ゆっくりと線が付いた黒い耳当てをはずし、両端にカラフルな持ち手がついた四角い板をドッグに戻す。
そして凝り固まった肩と背中を伸ばして身震いした。パリパリと細かな氷が砕けるような音がする。
「オオカミなのに、服着てる」
高まるノエルの緊張をよそに、マリモの着眼点はそこらしい。
「ハンターよ、懲りもせずよく来たな。今度は何を担いできやがった? 片手剣とスラアクかぁ?」
自分たちは冒険者であってハンターでは無い。片手剣はともかく、すらあくとは何だ。
意味の分からないワーウルフのつぶやきに、ノエルは眉根を寄せる。
「全武器種で予習は完璧だ。今のオレに弱点は……無い!」
固定BGMがスタートする。氷属性ワーウルフにお心当たりの方は、ぜひ一緒に聴いていただきたい。
ガリ、と氷に四つ足の爪を立てたワーウルフは短く吼えて、突進してくる。
しかしこれは、今までのモンスター傾向からの読み通り。盾を構えたノエルは、受けようと踏みしめた足を、直前で回避に変えて横に跳んだ。
マリモの耳にも、通り過ぎたオオカミからの、尋常ではない風切り音が届く。
「勘がいいな、ハンター。ガード性能ナシでオレの突進を受けるのは、ヤバいぜ」
「猟師では……無いっ」
ノエルの刺突は見事にヒットするが、連撃につなげる前にクルリと背後に跳び退られてしまった。
「……?」
炎属性のレイピアは、確かに深く刺さった。
しかし刺した直後の、わずかにウルフが活性化したかのような手ごたえにノエルは戸惑う。
雪山という環境。これまでの出現モンスターを考えても、火属性武器が有効なのはまず間違い無いはずだ。
ゆっくり考える暇があるはずも無く、今度はマリモに向かって、頭を低く下げ、えぐるようなタックル。
負けじと戦斧で斬りかかった一撃は、やはり手袋の違和感のせいか威力が弱い。
「うわっ……っとぉ!」
ノーダメージのような顔をして、マリモを狙ってさらに飛び掛かり、噛みつこうとしてくる。
冷静に、横方向に飛び込み前転を繰り返し、その攻撃を避け切ったマリモに対して、ワーウルフは挑戦的に笑った。
「そうなんだ、攻撃がどれも直線的だと避けやすい。だから……」
氷をまとったワーウルフは、再び低く沈んで突進。からの左右に大きく首を振った噛みつきを繰り出す。
巨大な体と相まって、突進を避けた後の姿勢では、牙を受ける他無い。ノエルの盾のフチが、削られて火花を散らした。
「くっ……」
衝撃にジンと痺れた腕をかばって、さらに後退したノエルをあざけるように一瞥して、オオカミはマリモの方を向く。
回転しながら尾の攻撃、爪での2連撃、再び突進。反撃の暇もなく、ひたすらにマリモはゴロゴロ雪の上を転がる。
転がっていった先へ着地したワーウルフは、爪で地面の雪ごとマリモの頭を跳ね飛ばそうとした。
バトルアックスの柄を顔の前に掲げると、太い爪が眼前に迫る。
「受けるな!」
ノエルの声に、彼女の選択は迷い無い。ぐっと引いた戦斧を、力任せに相手の方へ押すと、武器を捨ててその場から離脱した。
ゴシャっと、地面が派手にえぐれた跡を見て、さすがのマリモも少し青ざめる。
「おぅおぅ、お嬢さん。武器はハンターの命だろ、投げちゃいけないぜ」
返してやるよと、投げ返された大切なバトルアックスは、くるくる宙で回って目の前に突き刺さった。
「オレの実力は分かってもらえただろう? 分かったならば、この場で誓え! 二度と三公最弱などと言わないと!」
ウォォンと遠吠えのようにワーウルフが叫ぶ間に、ノエルはマリモの傍まで移動する。
「何言ってるのか、半分くらいわかんないけど、強いね、ヤバいね」
窮地を脱した相棒は、フードの中で汗をかいて額に前髪がはりついている。
こんなモフモフハンデを背負って勝てる相手では無いと、ようやくノエルは決心した。
最初に胸の中で、重装歩兵隊長にすいませんと謝る。それから雪の上へ盾を捨て、火属性レイピアを握りなおす。
「防寒着を脱ぐ時間を稼ぐ。ダンジョンから出る時に着こめば、多分エイベルにはバレなぁぃ……」
セリフの最後が間延びして耳に届いたのは、ノエルが【俊敏】を全開にワーウルフへ飛び込んだからだ。
今までの戦闘で、雪が蹴散らされて地面が露出した場所を足掛かりに、ノエルの目にもとまらぬ連撃が始まる。
「オオオ、いいぞ、この闘気!」
オオカミの目もらんらんと輝く。
鋭い突きを、ワーウルフの爪が弾く。弾かれた力さえそのまま乗せて、切っ先は深く白い毛皮に沈む。
吹き出る炎と血の向こうで、やはり水のワーウルフは、力を増したように筋肉を膨張させた。
剣を握った右手が、固定されていて、次の爪攻撃の間合いの外へ行けない。
「が……っ!」
こめかみを薙ぎ払われたノエルは、武器をあきらめて、そのまま雪の上を転がった。
これは、ヤバいか。殺気の塊が自分に狙いをつけているのは分かっても、脳震盪がおさまらない。
「ふっはぁー! おまたせ、ノエル。生き返ったぁ!」
目の前に、鍛えられた褐色のふくらはぎが立つ。
確かに相棒に、防寒着を脱いでもいいとは言ったが、裸足になれと言った覚えは無かった。




