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金欠ローグと地下40階の迷宮  作者: 竹部 月子
4章 凍てつく迷宮
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第63話 紅蓮に揺れる心(4)

「どうにも……なるはずが、ないでしょう」

 みっともなくかすれる声に、ソフィアは悔しそうに胸を抑える。

「お姉さんに気持ちを伝えたらいいのに」

 ヴァンパイアの能天気な提案に、ついに怒鳴るようにソフィアが返した。

「こんな歪んだ愛を、姉さまにぶつけて何になるの? 気味悪がられるだけだわ」


「そうなの? 誰かを愛するって、気味が悪いことなの? 僕は他人を愛したことが無いから、わからないな」

「えっ……他人を愛したことが無い?」

 今度はソフィアが驚いて、この魔物とまるで人間同士で話しているような気持ちになっていたことに気付いた。

「僕はね、世界で一番自分が美しくて、完璧な存在だと思ってる。だから、自分の顔以上に愛しいものなんか無いんだよ」

 絶頂ナルシストの美貌は、この至近距離で見れば反論の余地もないほど説得力がある。


 でもね、と胸元をギュッとつかんだままのソフィアの手の上に、ヴァンパイアの冷たい手が重なる。

「きみが愛しい人を想って流す涙を見ていると、僕の胸もなんだかとても切ないんだ」

 赤い魔物の瞳が、ゆらゆらとしているのは、自分を惑わそうとしているからだ。ソフィアは再び唇を噛んだ。

「魔物のくせに……何が分かると言うの」

 前傾していたヴァンパイアの肩を、自分から離そうと全力で押し返す。

「分からない。でも、知りたいな」

 

 それは、火のヴァンパイアに目覚めた、純粋な好奇心だった。

 魔界に生まれ、それこそソフィアの何倍も長い時間を過ごしたが、自分以外に深く興味を持ったことが無い。

 この少女の涙の煌めきに、こんなに心を動かされるのは何故なのか。知りたいと思った。


 綺麗な正三角形を壊したのは、皮肉なことに彼女たちが冒険者として成長したことにあるらしい。

「ねぇ、じゃあさ。大事なお姉ちゃんを奪っちゃうほど、オーガストが強くなった理由は何?」

 それも愛なの? と首を傾げたヴァンパイアに、ソフィアは何気なく答えた。

「それは、ノエルが私たちを導いてくれたから……ヒッ」

 今度は大げさに少女の肩が跳ねた。

 完全に無表情になったヴァンパイアは、それでもレディへの礼儀までは忘れなかったらしい。一応丁寧にソフィアを床に降ろして立たせる。 


「よく考えたら、きみ1人じゃ地上まで帰れないね」

 全力で発される殺気に、すくみあがったソフィアは返事をすることもできない。

「でも大丈夫。僕が地上まで葬送(おく)ってあげるから、安心して」

 ソフィアはキラリと剣が光るの見たのを最後に、絶命した。

 

「師は選ぶべきだよ。あんなならず者に導かれるなんて、悪い子だ」

 再び少女の耳に、アクセサリを戻してやった後、ふわりとピンクの前髪を撫でる。

 まだ温かい額に触れた手は何故か、管理者が部屋に入ってくるまで離すことができなかった。


 

 

 ソフィアがその時の話をしたのは、施療院から出て3日が過ぎた頃だった。

 今回の全滅を反省するに当たって、2人が死んだ後、ソフィアがずいぶん長くヴァンパイアと話したという情報は隠すべきでは無い。

 もちろん、具体的な内容は言えるはずも無いので、冒険者の強さの秘訣を聞かれたというあいまいな説明に留めた。

「悪魔系の魔物は、人間の心を惑わす夢を見せるって聞いたわ」

 メイの言葉に、オレも酒場で聞いた、とすぐにオーガストも同意する。


「最初にヴァンパイアが言うセリフも、幻聴みたいなものだって言うじゃない? 魔物と会話が成立するわけが無いんだから、魅了状態で見せられた夢なんじゃないかしら」

 私はそんな夢見なかったけど、大丈夫? と気遣わし気に言われれば、確かにそんな気もしてくる。


「ソフィアは、冒険者の強さの秘訣は何だって答えたの?」

 オーガストにも心配そうな顔をされたので、あれは夢だったんだと胸に収めた。

「ノエルに教えてもらうことって答えたら、ヴァンパイアが激怒してドスッと一刺しです。ノエルはとっくにあの階層は超えたはずですが、何かしでかしたんでしょうか……」


 まさか、恩師であるノエルに限って!

 否定したオーガストは、いや、あのノエルならもしかして……とすぐにグラつく。

「案外せっかちなところもあるから『薔薇よ』って言ってる間に斬り付けちゃったんじゃない?」

 当たらずとも遠からずである。



 

 2度目の敗北にも、少年たちの心はシャンと前を向いたままだった。

 勝てなかった。足りなかった。でも、まだ自分たちは伸びられる。次は、何を補う? どう動く?

 遅くまで交わされる意見に、宿のおかみは夜食を持ってきてくれた。


 深夜、姉の寝息を聞きながら、窓の外で素振りを続ける勇者を見下ろす。

 自分たちの部屋の真下でやっているのは、気づいてほしいからかと思っていたが、メイが指摘したら真っ赤になってたらしいから、ただの天然なのだ。

 まっすぐで優しい。すきなひとの、すきなひと。


『お姉さんに気持ちを伝えたらいいのに』

 悪い夢だったと切り捨ててしまうには、あの声の誘惑が甘すぎる。

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