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金欠ローグと地下40階の迷宮  作者: 竹部 月子
4章 凍てつく迷宮
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第61話 紅蓮に揺れる心(2)

 翌朝、食堂で顔を合わせたソフィアは、いつも通りの穏やかな声で「おはようございます」と挨拶した。

 そっとメイの方を伺いみると、ウインクを返してくる。きっと、うまくソフィアに話してくれたのだろう。


 クズ石捨て場に降りると、子どもたちが「ソフィアだ!」と目ざとく見つけて駆け寄ってくる。

 最近「オーガストだ」と言われるより、回復術師の名が呼ばれることが多い。子どもたちから一番人気なのだ。

「もう元気になったのか、怪我するなよ」

 ちびっ子に偉そうに言われて、腰をかがめたソフィアは柔らかく笑う。

「ありがとう、気を付けて行ってくるね」

 おっとりした優しい顔と、つい目線が吸い寄せられる胸元を交互に見て、ついでのようにオーガストに声が掛けられた。

「オーガスト、ちゃんとソフィアを守ってやれよ」

「うん、行って来る。もしもの時はよろしくな」

 

 戦闘が始まっても、回復術師の動きに淀みは無い。

 必要な時に回復を飛ばし、余裕がある戦闘では毒蛇の杖で補佐もしてくれる。

「オース、右からきます」

 言いながら、オーガストが戦いやすいように回り込んでくれるソフィアに、昨日の心配は杞憂だったと胸を撫でおろした。

 

 その日は7階で探索を切り上げて帰還し、翌日からは地下9階まで降りては引き返すこと数回。

 魅了防止のアクセサリはドロップしなかったが、その他の売却品で予備費は元の金額まで戻った。消極的で良くないが、また全滅できるようになったということだ。

 

 王の祝日には迷宮に入れないので、日中のんびりと買い物をして、夜は酒場で英気を養う。

 テーブルの料理を綺麗にたいらげたところで、今日はメイが切り出した。

「ねぇ、もう一度ヴァンパイアに挑んでみない?」

 あれから、さらにもう一段階詠唱速度を上げた魔法使いは、2人の顔を見る。


「正直、勝機があるとは言えない。でも、オレももう一度戦ってみたい」

 リリスやデビルマジシャンとの戦闘では、あのヴァンパイアの素早いレイピアの動きを防ぐ練習はできない。

 某銀髪のローグのような天才であれば話は別だが、駆け出しのパーティーが火のヴァンパイアに勝つ糸口をつかみたければ、あの魔物と戦う経験こそが必要だった。

「行きましょう」

 すぐに同意したソフィアに、思わず2人は驚いてしまう。回復術師は、その心配を申し訳なさそうに受け取った。

「ラダトキアのお菓子屋さんが、私を待っていますから」



 

 再び3日かけて地下10階のセーフポイントまでたどり着いた一行は、途中のデビルマジシャンとの闘いで手間取って、前回より物資を消耗していた。

「だいぶ上手く戦えるようになったと思っていたけど、モタついたね。ごめん」

 防戦になってから、反撃体勢へ移行するタイミングが、3人の間でまだ少しずれている。

 一旦全員の回復を終えたいソフィアと、敵の攻撃の隙に一発でも撃ちたいメイ。その両方の意志を背中で感じ取りながら、オーガストは号令しなければならない。

「さっきのはアタシが少し急いだわ、次から気を付ける」

「私も、動き出してから回復が追い付くように頑張ります」

 だけど3人はもう、小さな失敗くらいは飲み込んで前に進む力をつけていた。

 オレたちなら、必ず火のヴァンパイアにも勝てる。心を燃やしてオーガストはボスの間の扉を開いた。




「姉さま……オースっ……!」

 ヒッヒッと、回復術師が吸うばかりで息を吐くことすらままならないのを、ヴァンパイアは紅蓮の向こうから見つめていた。

 

 今度は魅了防止のアクセサリを女性陣に付け替え、開戦直後は比較的安定していた。

 序盤の『薔薇よ』にも、散開して全員がダメージを受けないよう工夫したのが見受けられる。

 しかし今回は、ミラーシールドを出すところまでいかぬうちに、オーガストの喉元をヴァンパイアのレイピアが刺し貫いてしまった。

 そして魅了防止のアクセサリを両耳につけていたのは回復術師。

 姉の方は片方だけだったので、残念ながら必中だ。


 床に倒れた勇者と、炎に巻かれながらぼんやりと立ち尽くす魔法使い。回復術師には既になすすべが無い。

「ひっ……ひぐっ……」

 しかし姉が焼き上がるまでを見せるのは、ヴァンパイアの美学に反する。

 ふわりとメイの背後へ着地すると、ソフィアは激しくかぶりを振った。やめて、とすらもう声に出せないでいる。

「うん、ごめんね」

 ヴァンパイアは微笑してから、魔法使いの顔の前へ手をかざし、背中へ一撃。

 命を刈り取られたメイは、眠ったかのように目を閉じてその場に横たえられた。

 

「ねぇ、お嬢さん。聞きたいことがあるんだ」

 そのままブラックアウトしかけていたソフィアの意識は、やわらかな声で現実に引き戻される。

 気付けば、部屋の中央のソファでヴァンパイアの膝の上に横抱きにされていた。 

「ひいっ……」

「ゆっくり吐いて、ほら、苦しくないよ」

 間近にのぞき込んでくる赤い瞳。何かの術にかかったように、急にソフィアの呼吸が楽になる。


「よくも姉さまを……放して!」 

 ドンと自分の胸を押した少女の手のひらから、強い闘気を感じてヴァンパイアは嬉しそうに唇を舐めた。

「ダメだよ、逃がしてあげない」

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