第58話 雪中行軍(2)
叩きつけてくる雪と風にフードを抑えているのが精いっぱいで、まるで周りは見えておらず、ノエルはマリモの足跡を追うだけになっている。
「これが、遭難フィールド。21階から30階までの間に、必ず1回発生するの」
ひゃー、なんにも見えなーいと叫ぶマリモは、この暴風雪の最中でも何故か楽しそうだった。
遭難フィールドは、遮蔽物も目印も無いのっぺりとした雪原が広がっているだけのマップだ。天候は常に猛吹雪固定。
しかも凶悪なことに、マップ端でループする構造になっている。北端にたどり着くと、南端にワープするように見えるアレだ。
毎回「落下」地点と、ゴール地点の座標がランダムで決まって、冒険者は吹きすさぶ雪原にポンと放り出される。振り返ってももう、上り階段は消え失せていて、撤退することはできない。生き残りたければこの荒れ狂う真っ白な世界から、ゴールを見つけるしか無いのだ。
膝まである雪の中を進むだけで、息が上がり、肺が凍りそうになる。
「水のワーウルフの階層の死因って、普通のモンスターとの戦闘、ボス戦、凍死の3つが同じくらいの率らしいよ。この寒さは、死ぬよねー」
「マリモは……このマップを、知っていたのか」
ノエルが切れ切れに問いかけると、うん、と明るく返事がある。
「いきなり21階がこれだったことがあるからね、あの時は全滅したよ」
この身を切るような寒さを体験していて、ヘソ出しで挑もうとしていたというのか。エイベルがあんなに怒っていた理由が分かった。
自分たちが歩いてきた方角に目を凝らすと、すでに数歩前の足跡が掻き消えようとしていた。
「進路が右に逸れてきている。20歩進んだら、左へ一歩移動するくらいの気持ちでいい」
「おっけー! 全速前進っ」
猛然と歩を進めようとしたマリモの足がピタッと止まり、バトルアックスを構える。
「……来るか」
剣を抜いて盾を構え、左右の視界を遮るフードを取ると、吹き荒れる風に銀髪がおどった。
こんなに強く殺気を感じるのに、どこにも魔物の姿が見えない。
ただ、ひたひたと距離を詰められている気配だけがして、直接風雪にさらされた頬と耳が冷えていく。
「おわっ……!」
左前方から飛び込んできた何かに、かろうじてマリモが反応して柄で受け止めた。ダメージが入らないと判断するとすぐに、飛び退って姿をくらます。
見えたのは、大きな、4つ足の獣……。
「雪ヒョウか!」
今度はノエルに右側から、真っ白な毛皮のヒョウが飛び掛かって来る。この短時間で回り込まれたのだ。
それでも、ノエルの【俊敏】を超えることはできない。爪を盾でいなして、剣を突き出すと深く肩口に刺さった。
待ちの戦闘態勢に切り替えていて正解だった。こんなに深い雪の中では、ほとんどの戦士が足を動かすこともできないまま、死んでいっただろう。
「グルルァ!」
雪ヒョウの鮮血が雪に落ちると、太刀筋が定まったマリモが、背後から白い獣にとどめを刺した。
「あはは、途中まで全然見えなかった。ヤバいね」
「……ああ、ヤバいな」
現れた宝箱には、氷属性の片手剣が入っていた。確かにレア武器だが、こんな環境で誰が拾うのか……しかし、刃の形がたまらなくカッコイイな……。
「いくよー?」と歩き始めたマリモが振り返って来た時、ノエルのザックには氷の剣が仕舞われていた。とかく、武器の誘惑は抗い難いのだ。
下り階段より先に、セーフポイントの山小屋を見つけた時、振り返ったマリモはノエルの顔色を見て、休もう! とすぐに言った。
いつもの暖炉に、今日ばかりは備え付けの薪をじゃんじゃん突っ込んで、激しく燃えていただく。
「ノエルって銀髪で色白だから、全体に白っぽいイメージだけど、今日はもう白通り越して青だからね、目と唇が同じ色になってるよ」
アルコールが飛ぶことを気にしていられない。沸かしたブレスワインに、ハチミツを溶かして、リーダーに渡してやった。
「助かる……」
震えながら受け取ったノエルは、少しずつそれを飲んでいく。凍り付いていた毛先から、ようやくポタポタと雫が落ち始めた。
「はい、パン、はい、スープ。上着は乾かしておくね、あー、暑いー。室内だから脱いでもいいかー」
1人で動きながら、1人でしゃべっているマリモに、ノエルはようやくふっと笑った。
「本当にマリモは『寒いのは結構平気』なんだな、頼もしい」
「寒いのは平気だけど、モコモコは苦手だよ、いつもの半分も動けなかったもん」
「俺は想定よりかなり寒さに弱いようだ。さっきの状態でもう一度雪ヒョウに襲われたら、対処できなかった」
ノエルは少し思案した後で顔を上げ、山小屋の壁にマスターキーの先を当てる。コンと乾いた手ごたえがあって普通にはじき返された。
「垂直な壁が無いから使えないというわけでは無いんだな。本当に管理者室につながらない」
「この階層の敵は、モンスターっていうより環境だからね、私たちだけいつでもコタツでぬくぬくできたらズルだよ」
確かに、と同意して方針転換の相談をする。
「数回に分けて探索するつもりだったが、この遭難フィールドが凶悪すぎる。下り階段を見つけられたら一発で30階までたどり着きたいところだ。次の王の祝日まで何日あるか覚えているか?」
「あと4日だよ」
ぽやっとしているようで、肝心な情報は漏らさない。頼りになる相棒となら、駆け抜けられるかもしれない。




