第57話 雪中行軍(1)
ラダトキア入り口から入ったノエルは、下り階段が増えていることに驚く。
1つの階段の先は今まで通り緑の扉。もう1つの階段の先は水色の扉だ。
これが、『階層を選んで出発できるようになる』ということらしい。順当に考えれば、30階のボスを倒せば下り階段は3つに増えるのだろう。
21階層に挑む前に、マスターキーを使って管理者室へ向かった。
「カンちゃんこんにちはー」
「うははっ、近くで見るとますますスゴイな。顔どこだよ」
ここだよー、ともがいているマリモを置いて、ノエルは部屋の一辺を丸ごと埋め尽くしている武器の元へ行く。
ミトン型の手袋をはめてみると、やはり弓を引くのには無理があるし、アテにしていた棍も、上手く回せそうも無い。
あれこれ手にとっては戻し、手にとっては戻ししているノエルの元へ管理者が近づくと、何気ない調子でローグは問いかけてきた。
「氷の弓の隣にあった、握りに赤い皮が巻かれた弓と、クナイの奥にかけてあった円月輪を知らないか?」
ドキィと心臓が飛び出しそうになったのを、口笛でごまかして「いや、知らんねぇ」と管理者は答える。
「別の場所と勘違いしてるんじゃないか? そもそもそんな大量の武器、どこに何があるかなんて覚えちゃいないだろ」
そういう腹積もりで、いくつか勝手に回収して、宝箱の中身に再利用させていただいたのだが、マズかっただろうか。
「いや、ゴンゴルノの2部屋含めて、全部記憶している」
これは、冗談を言っている目では無い。
「あー、あれだ。オイラの部屋はリソースがタイトだから、ブラッシュアップしてプライオリティーをつけてくれないと、武器が消えたりするかもしれん」
「……武器が消える?」
途中非常に難解だったが、最後の一言は聞き逃せない。
「いや、あれだ。滅多に無い。多分今後は起こらないから、心配すんな。でも、これ以上部屋を狭くしないでくれ」
ハッとして見回すと、確かにノエルのため込んだ武器はかなりの面積をとっている。
「すまん、なるべく増やさないようにする」
「いや、オイラこそすまん。悪かった」
ごめんね合戦をしているふたりに、白いモコモコが待ちきれないと声を上げた。
「武器決まったー? 暑いから早く行こうよー」
せっつかれて立ち上がろうとしたノエルに、本来の目的を伝える。
「ごめんねついでだがな、悪い知らせがある。そのマスターキー、雪フィールドにいる間は使えねぇからそのつもりで準備してけよ」
「……? 分かった」
「あはは、ざーんねん」
その重要性がいまいち分かっていないノエルと、分かっていてもお気楽な調子のマリモは、ようやく21階層からの探索に乗り出した。
迷った挙句、雪中行軍に選んだメイン武器は片手剣。レイピアのような細身の剣を目にしてマリモは顔をしかめた。
「そんなほそっこい剣、絶対一発でパキーンだよ」
相棒の心配をよそに、襲い掛かってきたスノゥラビットを、鮮やかに串刺しにしても剣は折れない。代わりにシュゥと湯気があがった。火属性が付与されているのだ。
雪の中はとにかく、足元が悪い。踏み込もうとすると、足が埋まるし、止まりたい時には滑る。だから、ミラーシールド以来初めてノエルは盾を装備していた。
突進の方向を見定めて、盾でウサギの突進を受け、その影から片手剣を突き出す。どちらかと言えば、ランサーの動きに近い。
これならば、ミトン型の手袋をしていても攻撃の邪魔にならないし、安物ブーツの足元でも戦えそうだ。
今までとまるで違う戦闘スタイルに切り替えたというのに、ノエルの動きは非常にスムーズだった。
最後のスノゥラビットを屠って、息をつく間もなく、背後からの風切り音にノエルは振り返る。
「ごめーん、行っちゃったー」
ちらつく雪を切り裂くように、上空から回転しながら落ちてきたのはバトルアックス。ドスっと重たい音を立てて突き刺さり、柄のあたりまで雪に埋もれる。
どうやら振り回した後、手からすっぽ抜けたらしい。白いモコモコスタイルになってからのマリモは明らかに精彩を欠いていた。
「手袋、慣れないか」
「全然慣れないし、まわりよく見えないし、動きにくいし……でも、脱いだらお母さんに怒られるし」
ギルドカウンターで木札を買う時に、「ちゃんと防寒着着てたって、エイベルさんに言っておきますからね」と受付嬢からウインクされていたところを見ると、マリモの情報は筒抜けらしい。
シュンとしながら、引っこ抜いた戦斧から雪を払い落としているマリモを見ると、迷宮内のことまではバレないだろうと思わないでもないが、母心を無駄にするのは忍びないので黙っておくことにした。
21階層からのマップイメージは、雪山。開放的で神秘的な雪のフィールドとなっている。
気温は常時氷点下で、天候は晴れから吹雪までシームレスにうつりかわっていく。
基本マップは、戦闘エリア同士を一本道でつないだだけのごく単純なものだが、どこまで行っても白一色の代わり映えしない景色と、吹雪で視界が遮られることで、何故か同じところをグルグル回ってしまったりするのでご注意だ。
さらに他の階に無い要素として、昼夜を模した明るさの調整が入る。
リアルタイムでは長すぎるので、夜は2時間ほどしか無いが、オーロラや流星群を見るチャンスだったりするのだ。雪原に沈む夕日、凍れる山の背から昇って来る朝日も非常に美しい。
セーフポイントは山小屋。下り階段には氷でできた滑り台も併設と、管理者の遊び心満載の、このフィールド。
十分注意が必要なのは、もう1つのマップの方だ。




