第56話 王の呼び出し(2)
王の隣のソファに腰かけ、鼻血が出そうな勢いでノエルは一心不乱にページをめくる。
「な? これとか、たまらんよな」
「これは……大きい。俺の両手には余る」
肩を組んで、一緒に本をのぞき込んでいるカシュバルはとても楽しそうだ。
「片付かないって、料理長が怒ってるから持ってきましたよ。あら……盛り上がってるわね」
巨大な銀のお盆に食事をのせて、その上にもお盆を重ねて酒とグラスを乗せたエイベルが、片手でドアを開けた。
「カンちゃんからもらった、武器カタログだって。あんなに厚いのに、壊れない属性の武器は1ページしかないんだよ。つまんない」
口をとんがらせるマリモは、テーブルに料理を並べるのを慎重に手伝う。
2人とも、あとは食べてからにしなさいなと言われて、ノエルとカシュバルもテーブルについた。
王と重装歩兵隊長は、食事をしながら、メイドが恋わずらいで激ヤセして綺麗になった話から、新しく発見されたモンスターの巣の情報まで何でも情報交換する。
マリモからは、雪中行軍通りの物価はどうなっていたかを聞き取り、ノエルにはゾンビラッシュの感想を求めてきた。
誰からでも広く話を聞き取り、どんな意見でも頭に入れておく。
陛下に真剣に話を聞いてもらえたと、民はますます心を寄せ、たらしこまれる。
有事の際は、その膨大な情報を組み合わせて対策を構築し、まるで己の分身のように動いてくれる部下を持っているのが、カシュバルの強みだ。
「ところでマリー、あなたもついに、水のワーウルフの支配層を本格的に探索するのよね?」
「うん! そうだよ。【壊れない】バトルアックスをノエルに出してもらったからねっ!」
部屋の壁に掛けられたコートとブーツが、ひとそろいしか無いことに、母はこめかみをひくつかせる。
「それで、まさかあなたはそのままの格好で、おへそを出して雪山を歩こうなんてことは、無いわよね?」
「えっ? だって寒くないし……いや、着る着る。上にもう一枚くらい、もちろん着るよぉ」
ギュッと握られたゲンコツを見て、マリモはやだなぁと意見を変えた。
「私の着たものが、そのままとってあるから、全身きちんと装備して挑みなさい。寒さをナメてかかってはいけません!」
部屋の空気がビリビリっと震えて、マリモだけでなく、ノエルとカシュバルまでも「はいぃ」と直立不動になった。
「よろしい。出発前に部屋まで取りに来なさいね」
「ほんとに迫力のある、いい女なんだわ。惚れるだろ」
武器カタログを抱いたまま、ノエルはようやく硬直が解けたところだ。
「いや、おそろしい」
エイベルのスッと細められた目に見つめられて、ノエルは再び凍り付く。
「今日はもう遅いから、このまま客間に泊まっていくといいわ。マリモは西棟、ノエルは東棟に別々に部屋を用意させますから、各自で休みなさい」
別々と各自をやたらと強調して、エイベルは言う。
「それから陛下、この後より、明日の朝まで客間のある東西棟区画には、決して立ち入られませんようお願いしますね」
「待てよエイベル、百歩譲って西棟は分かるとして、東棟はノエルが泊まるなら関係ないだろうが」
さっきからかった分、本当にオタカラ本を差し入れてやろうと思っていたのだから、それでは困る。
「ご自分が『女たらし』で無く『人たらし』とあだ名されていること、ご存じないわけではありませんよね?」
絶対零度の視線に、カシュバルは慌てて椅子から立ち上がった。
「違うぞ? あれはそういう意味のあだ名じゃなくて、エイベル、話の途中だぞ」
準備がありますから、と部屋を出たエイベルを、情けない声で王は追いかけていく。
「いつまでたっても、仲良しだよねぇ」
恥ずかしくて見てられないよと、マリモは笑ったが、ノエルはどの部分が仲良し要素なのか全く理解できなかった。
ギルドカウンターを訪れ、21階層からの探索を始める旨を報告すると、闘技場観客席の北側に、着替え室と装備の預かり所があることを教えてもらった。
これから探索に乗り出すために、防寒着を着こむ冒険者と、まだ半分凍り付いている防寒着を震えながら脱いでいる冒険者で、中はかなり密だ。
装備預り所の方は、案の定有料だったので、着替えを終えたノエルは、マントを畳んでザックに押し込む。
しばらくその場で待っていると、モコ、モコ、と何かがこちらに向かって歩いてくる。
「おまたせー、あついよー」
白いモコモコから聞き慣れた声がして、やたらと目深なフードが取り払われると、褐色の肌がようやく見えた。
マリモの装備は、全身白一色。ブーツまで白い。
重装歩兵が最低限の鎧を着こんで着られるように仕立ててある上に、ふんだんに毛皮と綿を使用してあるようで、とにかくフワモコなのである。
「行こう……か」
「わ、珍しい、今笑って声震えてたよね? 何で笑ったの? もしかして、私のこと見て笑った?」
2人は、笑った、笑ってないと言い合いながらダンジョンへ入っていった。




