第55話 王の呼び出し(1)
「何でカンちゃんから、話を聞いちゃうんだよぉ」
「えー、だって1回ダンジョンから出るのが面倒だったんだもん」
ノエルは王の私室で、ソファに座ってだだをこねるカシュバル王と、その娘の言い合いを聞いている。
陛下も管理者を「カンちゃん」と呼ぶのか、さすが親子だなとノエルはどうでもいいことで感心していた。
「普通、あのゾンビラッシュを切り抜けたら、酒場でお疲れ様会をするだろう。で、夜が明けたら、俺のところにまっすぐに来ると……ノエル! おまえも、ちょっとは気をきかせて、王様のところに行こうって言ってくれなきゃ!」
「申し訳アリマセン」
私がいいって言ったんだよ、とマリモはすぐにフォローしてくれる。
「魔界の話は、カンちゃんから聞いた方が絶対分かりやすかったよ。っていうか、何で私たちが20階踏破したの知ってるの?」
「そんなのダンジョンに入って『カンちゃーん、マリーたち今どのへん?』って聞いたら『あれ? 昨日、迷宮の目的教えたから、父ちゃんに話聞きにいくと思うぜ』って言われて、もうガッカリだよ」
それを聞くためだけに、王も銀貨3枚を払って木札を購入したのだろうかと、浪費家の心配は斜め上だ。
「最初の迷宮踏破者は、いかにして仲間と共にその苦難を乗り越えたのか。エイベルもその一員なんだぞ? お母さんの活躍も聞きたくないのか?」
「お母さんからはさらっと聞いてるし、自慢話は聴きたくないですー」
ノエル! とかなり大きな声で呼ばれ、「何でしょうか」とローグは姿勢を正す。
「娘が……反抗期かもしれん。どうすればいい?」
「……自分には子育ての経験が無いので何とも。大変ですね」
ノエルも冷たいと、イジけはじめた父を見かねたのか、ようやくマリモは問いかけた。
「ねぇ、お父さん。魔界の魔物を増やすために、この世界が力を貸してるのは……なんで?」
ノエルとマリモの付き合いはまだ浅い、それでも分かるくらいには、彼女の声音は緊張している。
聞きに来なかったんじゃなくて、怖くて聞きに来れなかったのかもしれないと、ノエルはようやく思い至った。
娘から向けられる眼差しは、反抗期なんかとっくに超えて、すでに充分大人の思索に満ちていた。
モンスターの巣を叩き、町を守ろうと必死で活動している王国兵の働きと、まるで真逆を行く行為だ。
でもそれを認めているのには、何か理由があるはずでしょう?
根底にある信頼に、カシュバルはつい涙腺が緩みそうになるのをグッとこらえた。
「最下層に至った者としてひとつ、確かに断言できることがある。俺たちは、あの魔王に勝てない」
普段表情豊かなカシュバルが、真顔で言う言葉には深い重みがあった。
「ダンジョンの中で戦う魔物たちの力は、おそらく管理者によって意図的にセーブされている。俺たち地上の人間が歯が立つ程度に調整されているんだと思う」
最奥の間で相対した魔王と、その前に控えた何の制限も無い四天王。
おそらくその時、ランベアード大陸最強だったと思われるカシュバルが、絶対に勝てないと分からされるほど、圧倒的な力を感じた。
「ダンジョンの魔物たちが地上に出てきたら、この世界は滅ぶ」
王からの絶望的な言葉に、2人は言葉を失った。
「ただ、魔界の目的は俺たちを滅ぼすことじゃ無く、子孫繁栄だ。カンちゃんは、王であり最初の踏破者である俺が、魔界からの扉を閉ざせと言うなら、そうすると言った」
「じゃあ……何で」
うめくように言った娘に、なんでだと思うと、カシュバルは瞳で問いかける。長い間の後で、マリモは鋭く息を吸った。
「強く……なるため!」
「さすが、エイベルの娘だ。その通り。俺たちは強くならなくてはいけない」
カシュバルは、平和になりつつあると思っていたこの世界の横っ腹に、異界から簡単に穴を開けられたことを深く憂慮していた。
今回管理者たちに撤退してもらったとしても、また別世界のもっと凶悪なナニカが訪れないとも限らない。
このランベアード大陸を守るため、戦える者を増やし、装備を拡充し、組織を練り上げる必要があった。
「そこで俺の目的と、カンちゃんの目的が一致した」
そうか、とノエルが先を引きつぐ。
「最初は弱い冒険者も、管理者の蘇生で何度でも再挑戦でき、高値で売れる武器は、冒険者を迷宮の奥へと誘う」
「ダンジョンが発見されてから、ギルド組織はずいぶん大きくなったし、女性の活躍も増えたんだよね。戦う女性に対しての評価はずいぶん変わったって、お母さんが言ってた」
うむ、と王は強くうなずく。
「俺たちは、戦って平和な世界を手に入れてきた民だ。これからも、その努力を怠らず精進しようじゃないか」
「うん!」
心の底からホッとしたと、マリモの顔に書いてある。
ノエルはと言えば、実は以前言った通り、迷宮のなりたちだの目的だのに全く興味は無かった。色々な武器が無料で手に入るという一点だけが、彼を強烈にダンジョンに惹き付けていたからだ。
しかし今となっては、管理者の部屋を訪れることができ、王の娘とパーティーを組む身だ。自分が迷宮に挑むことが、どちらの利にもなるという情報は嬉しいものだった。
「そうだ、ノエル。20階踏破のご褒美に、王様秘蔵のとっておきの本、見せてやろうか」
ソファの後ろから取り出した本を手にした王が、ノエルを手招きしたので、のこのことローグは王の前へ進み出る。
「何の本だ……デスカ?」
すっと腰を浮かせた王が、何事かをノエルの耳に吹き込むと、カーッと青年は赤くなった。




