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第52話 魔界の望み(2)

「前の魔王が【絶望】の魔王なら、今の魔王は?」

 ノエルの表情にも微かな緊張を感じながら、管理者は問いに答えた。

「【欲望】の魔王さ」

「…………っ」

 マリモが眉をしかめてしまったので、ふぃーとふざけた音をたてて息を吐く。


「ただなぁウチの魔王様、欲望の矛先がどうもこう、お優しくて」

「お優しい?」

 『子どもっぽい』からの言い換えに苦心したのに、ノエルのツッコミはこういう時だけ冴える。

「欲と言っても、射幸心(しゃこうしん)に一番反応するんだよ。これが当たればラッキーって気持ちの集まるところで、一番力を発揮する」

 だから異界に扉を開ける場所が、パチンコ屋の地下であり、宝石が出るかもしれないクズ石捨て場であり、賭博に燃えていた闘技場なのである。


「そうするとな、魔界の魔物全体もそういう雰囲気になるんだよ。戦いなんかそっちのけで、賭け事に興じてるうちにだんだん個体数が減ってな……」

 希少種であるケルベロスが、息子に共振させたいけど、魔界のどこを探しても闘気球が見当たらないと泣きついてきたことで、ようやくこの少子化問題がどれだけ深刻な状態であるかが知れた。

「オイラは遙か昔から、歴代の魔王様に仕えてきたが、こんなこと初めてでさ。焦ったよねー」


 目をつけたのは、人口増加中の青い星、チキュウ。複数の大陸と広い海洋を持ち、様々な文化圏を持つ星だ。

 知能の高いイキモノの繁殖を調査し、そこで管理者は【萌え】という新しい概念を得た。

 だからその聖地、ニホンの地方都市に扉をひらいたのだ。 


「あっちの世界から得たものは、限りない」

 サブカルチャーと、それを思うままに動かす最新技術で、このダンジョンも運営されている。

 しかし、ニホンから流入したマンガやゲームは、さらに魔物たちを戦闘から遠ざけてしまった。お外で戦うより、家でゲームをしていたい子が増えたのである。

 

「萌えじゃオイラたちは増えられねぇ、愛とか恋とかじゃ無理だったんだよ!」

 だんだん熱の冷めた顔で見つめてきている2人の前に、バシッと紙が叩きつけられる。

【全モンスター、オメガバース計画】【運命の(つがい)計画】どちらにも赤い色で大きなバツがついているが、さっぱり意味が分からない。


「ニホンの民は非戦闘民族だ。あっちに戦いを持ち込むべきじゃない。そんで、この世界に、闘気を求めて扉を開いた」

 さすがにここまで来ると、もう「ハッ」と息を呑んでやる小芝居すらできない。それで? とマリモは半眼で先を促した。


 新世界に扉を開いたからと言って、若い魔物は外へ出たがらないし、出て行ったとしても自然に闘気球ができるほど根性のあるファイトも期待できない。

「だから、闘気を溜める玉を用意して、限定した空間で戦ってもらう舞台を用意した。それがこのダンジョンだ」

「あ! あのガラス玉のこと?」

 年末に手伝わされたアレかと思い当たって、マリモが目を丸くしていると、管理者はケースを取り出して蓋を開いた。中には赤いモヤの溜まった40ワット電球が並んでいる。


「魔物はこれで増えるのか?」

 信じられんというように、ノエルものぞきこむ。

「オイラからすれば、オマエらニンゲンが、胎内で子を育てる方がリスキーすぎて信じられんけどな」


 自然界で発生する闘気球は、清い風や、不意の光の差し込みに弱く、案外簡単に霧散してしまう。

 その点ダンジョン内で管理されて収集された闘気球なら丈夫で長持ち。持ち運びもしやすいから、魔界の隅々まで配達できてよい事づくめだ。

「これに共振? すると、中に魔物の赤ちゃんができるの?」

 マリモが尋ねると、管理者はそういうことだと、中から1つを取り出して部屋の照明にかざす。

「透明だから自然界では見られなかった成長の様子も見れるし、薄いガラスをパリパリ割って生まれるところはなかなか感動的だぞ」

 

「つまり、この闘気球を回収するために、あんたはこのダンジョンを作って管理しているということなのか?」

「そうともよ」

 地味ではあるが、魔界の存亡をかけた一大事業なのだ。

「お父さんは、この話を知ってて、それを黙認してるってことだよね?」

 珍しく表情が硬いマリモに、管理者はカシュバルと語り明かしたあの日を懐かしく思う。


 魔王戦を終えたカシュバルに、魔王様は「願いを言え」と仰った。

 そういうのを1回やってみたかったらしいけど、神の竜じゃねぇんだから、事前打ち合わせ無しにやるのはやめて欲しい。

 これに対してラダトキア王の願いは「このダンジョンの目的を教えろ」だった。国に害をなすつもりならば、自分の命と引き換えてでも、この場で魔王を斬ると言わんばかりの目。

 今思い出しても、あの時のひりつく空気は忘れられない。


 管理者はもともと、最初に40階を踏破した者にこのダンジョン運営の目的を話し、理解が得られなければ別世界へ移動するつもりだった。

 基礎データがとれただけで上々だったし、この迷宮を基本として新しい世界で再構築することはさほど大変ではない。何事も最初の1回が一番大変なのだ。

 しかし、事情を聞いたカシュバルは、ぜひこの大陸でダンジョン経営を続けてくれと、魔王と管理者を引き留めた。


 その後、実務的な細かい打ち合わせを経て、現在もダンジョンは大陸中央にあり続け、冒険者の闘気をガラス球にため込んでは魔界の出生率向上に貢献している。

 ちなみに「このダンジョンの目的を教えろ」は、願いとしてカウントされなかったので、カシュバルにはこれとは別に願いを叶えている。


「カシュバル王が何故、ダンジョンを黙認するのか、それは父ちゃんの口から聞くんだな」

「……わかった」

 深くうなずいたマリモの横顔を、ノエルは静かに見つめていた。 

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