第50話 土のゾンビ(2)
20階のボス部屋のモデルは、巨大研究施設だ。
それも、中央の大きな培養ポッドが割れていて、あちこちの計器に謎の緑汁がまき散らされているような、「出てきちゃった後」っぽい廃研究所である。
手前の広い研究室の奥に、もう一室あるように見える縦長の構造になっている。
「10階とはだいぶ違うな、ずいぶん荒れているようだ」
油断なく室内を見渡してノエルはつぶやいた。今回はまだ部屋にボスの姿が見当たらず、得意の不意打ち作戦はできない。
ブゥンと正面の大きなモニターに光が灯って、ゾンビの姿が映し出された。
これに攻撃して画面を割る冒険者が後を絶たないが、管理者室に出入りしているノエルは、あれが本体で無いことをぼんやり理解しているのでそういう無体はしない。
「やぁ、生物災害ラボへようこそ」
「ちがうぞ、あの作品じゃないからな!」
誰に言い訳しているのか、管理者は大声でアピールしている。
「これから君たちにはゾンビラッシュを15wave耐えてもらうよぉ。5waveごとにちょっと強い個体が混ざるし、もちろん最後はこの土のゾンビも出陣するからね、じゃ、はじめるよぉ」
ゾンビの姿が消えたモニターに、第1waveと表示されると、歩く屍とゾンビドックが2匹ずつ奥から進んでくる。
犬のほうはマリモの戦斧で一刀に伏され、歩みの鈍い屍の方はノエルのクナイで倒された。
モニターには、第2wave開始までのカウントダウンが表示されはじめる。
「あの光る枠、割らなければ、今いくつめの波か分かるようになってたんだね」
前回パーティーのリーダーは割ったタイプだったらしく、マリモが「分かりやすくていいね」と言う。
「このペースなら、俺はしばらく後ろから弓を使う。撃ち漏らしは気にせず、前でブオンブオンしててくれ」
「おっけー、振り回すのは得意だよっ! それにしても武器が壊れる心配が無いって、最高だね」
ピピ、と珍しくダンジョンからの通信回線が鳴って、発信源のランプを見た管理者は乾いた笑いを漏らす。
「ハイヨー」
「ねぇ、管理者ぁ、この2人強すぎない? もう10wave終わるのに、無傷っておかしくない?」
普段おっとり声のゾンビにしては、かなり切羽詰まった調子だ。
「新年会の時、ヴァンパイアがガチ切れしてたローグって、その銀髪さ。浅い層で足踏みしすぎだったんだよ」
「どこで引っかかってたの?」
あー、とうなった管理者は、うまい言い訳も思いつかなかったので正直に言う。
「〇〇しないと出られない部屋」
「だからネタを持ち込むのはやめなって言ったんだよぉ、ラスト5waveにオマケゾンビ出してー」
ゾンビからの要望に、ムムと管理者はためらう。レベルを上げすぎたからって、ボスの方の難易度も上げまーすみたいな仕様変更は好ましくない。
しかし、確かにやつらは第1wave開始から、一歩も動いていなかった。ボス戦をナメすぎである。
カチャカチャとキーを叩くと、第11waveの画面の色が赤に変わり、ここからデスモードと表示された。
「へぇ、ここからデスモードだったんだねぇ。確かに出てくる数は増えるけど……っ?」
湧き口に一気に転送させたせいで、ゾンビドッグが押し合いへしあい、塊になってマリモに飛びかかり、戦斧をすり抜けた腐犬はさらに奥のノエルめがけて駆けていく。
「こんなんだったっけ?」
「……知らん」
なにせノエルは初見である。しかし確かに、ラスト5waveは殺しにくる勢いらしい。
ローグはようやくマントの下から、とっておきの武器を取り出した。
ジャリ、ヒュ、ヒュ、ヒュオンヒュオンと聞き慣れない音がしたので、マリモが思わず振り返ると、ノエルは無表情に鎖を振り回していた。
その鎖の範囲に触れた敵は、次々と切り刻まれて弾き飛ばされていく。
「くさり……がま?」
今まで装備している人間を見たことが無い。非常にクセの強い武器だが【器用】なノエルなら完璧に使いこなせるらしい。
「うむ。広い戦場、複数の敵、肉質は柔らかめ。この時最強になる武器だ」
「それだけ聞くと、良くダンジョンに持ち込もうと思ったねって武器だよねー」
でも、と襲い掛かって来る次の波へバトルアックスを一閃して、マリモは背後の風切り音に耳を澄ます。預けた背中を心配する必要は無い。
「強いね! リーダー!」
「マリモもな」
最終15wave、土のゾンビは【大地の恵み】で周辺のゾンビの再生能力を上げる。それでも最大数投入したはずのゾンビ集団は、2人の冒険者に触れるたび次々とその数を減らしていった。
「ゾンビに言われたくないかもしれないけど、この物量を捌き切るスタミナは化け物だよねぇ」
しゃべった! と毎度驚くマリモに「今日は特別ぅ」と土のゾンビがガパッと口を開いた。呪いと病気を同時に受ける穢れた歯に噛みつかれないよう、マリモは戦斧の柄でゾンビを受け止める。
「うわ、力……つよぉ……」
前回は魔法使いたちが遠距離で応戦したので、組み合うのは初めてだ。【怪力】のマリモがじりじりと押し負けそうになるほど、土のゾンビの噛みつきは強力だ。
ニヤと笑ったゾンビは、背後に立った青年が短く鎌の柄を持って、もう片手に鎖の先の分銅を握っていることに気付かなかった。気配の隠蔽能力が高すぎる。
「そのまま抑えておいてくれ」
「はぁい」
ゴシャ、と重い音がした後、マリモは目を背けた。
しばらくの間聞くに耐えない音と、自分が握っている柄に伝わる振動がリンクしていたが、それも静かになると2人は20階層のボスを制覇していた。




