第48話 少年たちの成長(4)
「ようこそ、冒険者よ……」
中央の一人掛けソファに座っていたヴァンパイアの声には、わずかな緊張感があった。
しかし扉を開いたオーガストたちは、そんなことに気付く余裕は無い。勇者の少年を先頭に、その場で固唾をのんで身構えている。
口上の途中で突っ込んでくるような、いつぞやのとんでもないならず者とは違う。ごく一般的な冒険者であることに、麗しの青年は微笑した。
「10階までよく来たね。火のヴァンパイアがお相手するよ」
ばさあっ、と胸の前で合わせていたマントを跳ね上げると、窓の外から雷光のフラッシュ、一拍遅れて落雷。後衛の姉妹は「きゃっ」と悲鳴を上げる。
「美しき戦いを、楽しもう」
そして戦闘用BGMが始まるところまでが、火のヴァンパイアの登場演出なのである。
あいさつ代わりに、ヴァンパイアの指先からシャドウボールがパチンと飛ばされると、オーガストは盾を構え、その背後で魔法使いが呪文の詠唱に入った。
「炎よ、収束して敵を撃て!」
小柄なメイは、オーガストの影から火球を飛ばすことを覚えた。撃ち始めの軌道が見えないと、対処が遅れる。
軽く左に一歩、火球をかわしたヴァンパイアは、動いた先を狙って加速してきたもう一発の炎を、右手で打ち払った。お気に入りのブラウスの袖が焦げたことに、少し不満そうに眉を動かす。
「薔薇よ」
ヴァンパイアが呼ぶと、手のひらに深紅の薔薇が現れる。それを見たオーガストは鋭く声をあげた。
「炎が来るっ! 身構えて」
「花弁を散らし、紅蓮となれ」
オーガストの足元に向かって、真っすぐ飛んで来た薔薇は地面に刺さると同時に炎に変わり、床を走る。
焚き火の上に立たされたような熱風が吹き上げて、3人は顔を覆った。
「あつっ……」
メイのうめき声に、一瞬瞳を揺らしたソフィアは、首を振って最初に自分を回復した。
「オレが前に出る間に、メイの回復を!」
ダメージ半分の幻陽の鎧の力で、力強くオーガストは前へ踏み出す。
「やあっ!」
オーガストが打ちかかると、火のヴァンパイアはすらりと腰からレイピアを抜いてそれを受けた。
「まっすぐで、いい太刀筋だ」
甘い声で囁いて、一連の斬撃を受け終わると、逆にレイピアの素早い刺突が勇者を襲う。オーガストの技術では、これを全て受け流すことはできない。
「癒しよ!」
しかし、メイの回復を終えたソフィアがすかさずオーガストを癒す。
充分に接近した、と見極めたオーガストはヴァンパイアの顔の前に、ミラーシールドを突き付けて叫んだ。
「くらえ! ミラーシールドだ!」
おやおや、とヴァンパイアはほほ笑んだ。ミラーシールドを持って来る冒険者は久しぶりだ。
アイテムデバフが発動し、一定時間彼は身動きが取れなくなる。
「薔薇よ」で魔法を具現化し、目標地点に投げてから発動させる、というハンデもあるというのに、ひどい話だよ管理者。
鏡の盾に映るヴァンパイアは、今日も完璧に美しい。
艶やかな黒髪に白磁のような頬、両の目と唇は、炎の薔薇と同じ深紅。
「今のうちにラッシュだ!」
メイは最高速で詠唱を続ける。火球の熱量で、ヴァンパイアの周辺に陽炎がたった。
デバフ解除まで、あと、5、4……。
「全力を、出し切れ……っ!」
肩で息をしながら剣を振る勇者の耳には、揺れるハートの耳飾り。
2、1、0。ヴァンパイアの硬直時間中に、残念ながら3人の火力では体力を削り切ることができなかった。
少し煤で汚れた顔を上げて、静かにヴァンパイアは前へ出る。そして、後衛の少女たちに、とびきりの流し目をおくった。
パチンと静電気がはじけたような音がして、魔法使いと回復術師は尻もちをつく。
「ふたりともっ!」
防御の構えは解かぬまま、オーガストが背後を振り返ると、光を失った目でぼんやりとオーガストを見上げるメイがいた。
様子のおかしいメイに「姉さまっ!」と、ソフィアが肩をゆする。
おやおやおや? 魅了されなかった回復術師をヴァンパイアは興味深そうに見つめた。
リリスが、男性の冒険者だけ魅了するのと同様、ヴァンパイアの魅了も女性にしか効かないが、その性能が段違いだ。魅了耐性を100%にしていないと必中する。
だから手前の部屋の仕掛けが「キスしないと出られない部屋」なのだが、昨今は男女の組み合わせとも限らんもんだな、と管理者は見直しを考えているようだ。
「これは、魅了だ!」
ハッと気づいたオーガストが険しい顔でヴァンパイアを睨む。
「薔薇よ」
手のひらに出現させた花に、勇者と回復術師は息を呑むしかない。
惜しかったね、きっとまた戻ってくるんだよ。
声には出さずにヴァンパイアは彼らを激励し、くるりと背中を向けながら薔薇を投げた。
「|arrivederci」
これもまた、火のヴァンパイアが「あっち」の某マンガから影響を受け、強く希望した負けイベント時の確定演出である。
オーガスト隊は炎に包まれ、全滅した。




