第45話 少年たちの成長(1)
正月休みが明けるなり、少年たちは準備万端でダンジョンに飛び込んだ。
そして味方の立ち位置が、これほどに大切だったのかと、オーガストは噛みしめている。
「炎よ、収束して敵を撃てっ!」
ボ、ボッと自分の左右をすり抜けて飛んだ火球が、ピクシーを焦がす。
右手側から突っ込んできたもう1匹を見て、後衛の姉妹がオーガストの後ろに回るように動いてくれれば、少年はその場に立ったまま剣を振ることに集中できた。
「やりましたね! 宝箱です」
全ての敵を片付けると、ソフィアが嬉しそうに笑った。まだ緊張した面持ちではあるが、今日は一度も回復の無駄打ちをしていない。
「オース、魅了されなくなるアクセサリよ!」
「えっ? 3つ目だよ」
すでに両耳につけているイヤリングは、連なったハートが揺れるデザインで、つけているのは結構恥ずかしいし、耳たぶも痛い。
「重ねづけは有効だって聞いたじゃない。いっぱい付けておきなさいよ。ソフィア、つけてあげて」
回復術師の少女の指先が、耳に触れている時間は幸福だ。うっとりしている間に、オーガストの耳にはブラブラとハートの飾りが増えていた。
「見て、この風属性の杖はなかなか高く売れそうじゃない? 今日はもう戻る?」
地下4階層を、くまなく探索し終わった後だったので、メイはオーガストにそう尋ねた。
あれ以来、メイは基本的にオーガストに判断をゆだねるようになった。もちろん気に入らなければ文句を言うが、最終決定にはきちんと従う。
今まで実質のボス格だったメイからの信頼は、オーガストのパーティーリーダとしての力をメキメキと向上させていた。
ここまでほぼノーダメージで来たので、ポーションの消耗が無い。帰路のルートも確保できるし、トラップは全て地図に記した。あとは。
見つめた回復術士は、ぎゅっと両手杖を抱くように握って「はい、行けます」と強くうなずく。3人は因縁の地下5階へ続く階段を確かな足取りで降りていった。
リリスの魔法がかすめた肩を、自分で回復しながらソフィアは意識して深呼吸を繰り返した。
パニックになってはいけない。大切な人の怪我から、目を背けてはいけない。
「オースを集中回復します!」
「了解、しばらく逃げ回るのに集中するわ」
メイは詠唱を中断して、接近してきたピクシーからダメージを受けないよう身をかわす。
リリスから繰り出される素早い尾の攻撃に、オーガストの体に次々と傷がつくが、その傷が開く前にソフィアは回復する。
少年はうめき声も上げず、ミラーシールドを掲げてじっと反撃のチャンスを待った。
んもう、と言わんばかりにリリスはぴょんと後ろへ飛んで、指先をクルクルと回し始める。
「魅了よ! 耐えて!」
メイの必死な声とはうらはらに、オーガストには何の変化も起こらない。2つで魅了状態を100パーセント防ぐアクセサリを、3つもつけているのだから対策はバッチリだった。
そして、この瞬間がリリス最大の隙。
オーガストは渾身の力で生命の剣を振る。数回に一度は空を切る太刀筋は、まだ未熟。
しかしそれも少年はきちんと受け止めて、毎晩姉妹が寝た後に秘密の特訓を欠かさなかった。
視界の端が、ピクシーがこちらへ向かってきているのを捉えると「アタシがやる!」とメイが火球を飛ばしてくれる。
「うおおぉっ!」
気合の声と共に、オーガストの振り下ろした剣が、ついにリリスにとどめを刺した。
「や、やったぁ」
へた、と床に座り込んだソフィアの背中をメイが撫でる。
「回復ありがと、オースの集中回復すごい速さだったわ。ソフィア、頑張った……ね」
潤んだ瞳を恥ずかしそうに背けた姉に、えへへと妹は泣き笑いする。やっと少女も「乗り越えた」のだろう。
思い上がり、全滅し、迷走したオーガスト隊は、ようやく初心者の登竜門地下5階を踏破した。
そのご褒美だよとでも言うように、光る宝箱が現れたことに、肩を抱き合って勝利の涙を流す3人はしばらく気付かなかった。
酒場のテーブルの真ん中に、香辛料が効いた揚げ肉がドンと置かれている。
オーガストとクズ石拾いの子どもたちは、その肉をにぎやかに囲んでいた。
「山盛りの肉って、こっちかー。冒険者だから、霜降りの煮込みかと思ってた」
肉の油でぺたぺた光る頬で、無邪気に子どもが言う。
「あれを食べたことがあるの? さすがに高くて山もりは頼めないわ」
目を丸くしたメイに「じゃ、こんどは僕がねーちゃんにオゴってやるよ」と鼻の穴を膨らませる。
「ほら、女はさ、こういう甘いのが好きなんだろ、食えよっ」
ソフィアの前にパンケーキを回してくれた少年の、かっこつけにオーガストとガザが顔を見合わせる。
「生意気言ってんなー」
ガザが困ったように笑う。
ソフィアが「嬉しい、私が食べていいの?」と尋ねると、勧めた少年は真っ赤になってコクコクうなずいた。
「よかったね、ソフィア。みんな、また一緒にご飯食べような」
オーガストの声に、子どもたちは満点の笑顔で「おう」と応じてくれた。
「ガザ、今までごめん。あの時、殴ってくれてありがとう」
食事が終わり、子どもたちが帰った後で、あらためてオーガストたちは、ガザに今までの態度を詫びた。
「目が覚めたかよ」
壁によりかかって腕組みしたまま、ガザは答える。
「うん。鉱山組合が、どんな風に冒険者をサポートしてくれてるかも勉強してきた」
オーガストは、ぎゅっと目をつぶってガザに手を差し出す。
「これからも、きっと色々間違うと思う、その時は教えてほしい」
オレのせいで、ノエルが死んだ。
そう言って戻ってきた日から、オーガストがどれほどひたむきに努力してきたか、ガザは良く分かっていた。
差し出された手のひらをパチンと払ってやると、勇者はせつなそうに眉を寄せ、それでも揺れる瞳でガザを見上げた。
クズ石拾いの少年は、なるべく憎たらしい顔で、オーガストとその後ろの姉妹へ笑って見せる。
「当たり前だ。友達だろ」




