第41話 英雄カシュバル=モーガン(1)
迷宮の秘密を聞きに行く前に、ランベアード大陸の英雄の話をしよう。
この世界にたった1つの大陸は、ほぼ中央に王都ラダトキアが座し、そこから放射状に主要な町、さらにその外側に小さな村がある。
人の生活を脅かすモンスターがいて、海賊や山賊のような本気のならず者もいて、そういうものから非力な民を守ることが、王の使命だった。
よって、歴代ラダトキアの玉座には、闘技大会の優勝者がつくことが決まっていた。
王家の血筋がどうとか、そういう御託は不要。強い者が正義で、力こそパワーなのである。
毎年開催される闘技大会には、大陸中の勇士が集結し、その技を競い合う。降参も認められるルールではあったが、必ず死者が出るほどに苛烈な試合となった。
優勝者は現王に決闘を申し込む権利を与えられるからだ。
ゆえに王は次々と変わり、その度に思いつきで法律が変わることも多く、税にかかわる部分はとにかく町との衝突が絶えない。
腕っぷしだけが強く、民を顧みない王に苦しめられる時代が続いていた。
悪政を敷く王に、暴虐な王がとって代わり、その王を沈めた王もまた脳筋でどうしようもない。
今年の闘技大会の覇者こそ、良き王になる器であれば。
カシュバル=モーガンは、そんな願いを受けて降り立ったかのように【英雄】のギフトを携えて闘技場に現れた。
顔良し、剣の腕良し、仲間想いで、快活豪胆。
降参を申し出た者には、良い試合だったと握手して見送り、禁止アイテムを持ち込んだ卑劣な輩には、正義の鉄拳を喰らわせる。
勝ち上がっていくたびに観客は増え、決勝戦には立ち見客で闘技場が溢れた。
そして現王との決闘にのぞんだカシュバルの前で、脳筋王は剣を交えることもなく膝を着いて王冠を捧げた。
これがランベアード大陸が待ち望んだ、カシュバル=モーガン王の誕生だ。
カシュバルが玉座についてからの偉業は、数えればキリが無い。
税について初めて公式の文書を出したのも彼なら、モンスターからの防衛に素早く対応するための王国兵団をまとめ、下部組織としてギルドを設立したのも彼だ。
しかし、カシュバルを「人たらしの王」と言わしめる大改革は、間違いなく奴隷解放の演説だろう。
奴隷は「買い切りの労働力」として、この世界に広く根付いたシステムだった。
ごく普通の農家が、凶作の年は奴隷商に子を売り、豊作の年は奴隷商から子を買う。
買った奴隷は、家で食事と寝床の面倒を見る代わりに、なるべくやりたくない汚れ仕事をやらせる。
働きが悪い奴隷を折檻することが無いとは言わないが、度を過ぎれば当然ご近所から白い目で見られるから、ほどほどに奴隷の方も暮らしていることが多かった。
ただ奴隷には、結婚と出産が認められていなかった。
抵抗できない奴隷に手を付ける鬼畜や、見目の良い奴隷同士を番わせて、愛玩用の奴隷を産ませようとするブリーダーまがいの悪党は居たが、基本は奴隷を夫や妻にすることはできない。
奴隷制の無い世界から見れば非道だと感じるだろうが、大陸の民からすれば「飼い犬を嫁にはできない」と同じような感覚でこの奴隷制を受け入れていたのだ。
しかし、カシュバルは奴隷をこの世界が抱える「問題」だととらえていた。
奴隷として売られた子にも、買われた子にも、その時点での選択の自由が無く、そこで一生が決まってしまうのはおかしい。
だが一方で、奴隷の労働力はこの国の基礎と言っても過言で無いほど深く根を張っている。
奴隷制をやめようと言えば、大混乱が起こることは必至だった。
そんな折に起こったのが、奴隷馬車の襲撃事件。ノエル以外、31人もの奴隷が無残に魔物に食い殺された痛ましい事件だった。
奴隷をかすめ取ろうとした盗賊団、商品を守ろうと傭兵で武装した奴隷商、腹をへらしたモンスター。
それぞれの欲望の犠牲になったのは、何の希望も抱かずに散った、幼子たちだ。
「後ろに手を縛られた子が、それでも必死で馬車から逃げて、草むらで死んでいた。あなたのお子さんと同じくらいの女の子だ」
カシュバル王はつめかけた民衆の前で、涙を流しながら声を張り上げた。隣に立つ王妃も、ハンカチで目を抑えている。
「奴隷に落とされると、2度と平民に戻れない。だが、誰の子でもその深い穴に落っこちるかもしれないなんて怖くないか? この国に、そんな落とし穴みたいな制度は、要らないんじゃないか?」
動揺した民に、所有していた奴隷をこれから従業員として雇うならば、国が購入にかかった費用を負担すること。
主から解雇される奴隷には、国で公共事業の用意があるから、そこに参加すれば当面の寝食の心配が無いことを説明する。
「ランベアード大陸に住む全ての民に。やりたい仕事をして、望む相手と結婚できて、その子どもを産む権利を与えることを、カシュバル=モーガンが宣言する!」
さざなみのように小さく起こった拍手は、やがて伝播して城前広場を埋め尽くした。
武力で無く、言葉で民の心を動かすことに長けていたのも、カシュバルの英雄たる所以だ。
口々に王の名を呼ぶ声がおさまる頃、前列で食い入るように演説を聞いていた肉屋のおかみが手をあげた。
「ねぇ、王様。ほんとに誰でも、望む相手の子どもを産む権利があるのかい?」
「ああ。しかしもちろん、当人同士の同意の上だぞ。無理強いはイカンからな」
ニカッと気さくに笑う王に、おかみはモジモジと自分のエプロンをつかんだ。
「じゃあアタシ、王様の子どもが産みたいよ」
二度目の拍手は、爆発的に王都を揺らした。




