第40話 謹賀新年(3)
「ほんじゃ、今回だけ特例な」
管理者に気楽な調子で言われた直後、ノエルとマリモは静まり返ったギルドホールにポコンと飛び出した。
「……すごぉい」
目を丸くしたまま、尻もちをついた姿勢から立ち上がろうとしたマリモをノエルが制する。
「待て。後ろの封印魔法陣に触れないようにした方がいい」
ソロリと振り返ると、ウエーブした毛先が触れてしまいそうな距離に封呪があって、マリモはひぃと小さく悲鳴をあげた。
「これに触ると警報が鳴って、捕まるよ」
「そんな気がした」
2人は四つん這いで扉から離れると、ようやく立ち上がる。
「そんじゃ、気を取り直して行こうか」
先を歩き始めたマリモは、救護室の扉を開いて中へ入り、さらに奥につながる扉を開いた。
その先は現在封鎖されていて、もちろんノエルは足を踏み入れたことが無い。小さなカウンターがあって、古い木札が山積みにされていた。
「昔ここが闘技場だったころ、どっちの戦士が勝つか、お金を賭けてたんだって」
その他にもトレーニングルームや、武器の修理室など闘技場ならではの部屋が並ぶ。
そして壁のくぼみに隠されるように「安置室」の札がかけられた部屋をマリモは開いた。中には簡素な寝台が二つ。今も染みついた消毒液の臭いがする気がする。
「……地上で戦ったということは、死者も出たということか」
「うん。勝てば王様になれるんだもん、力入っちゃうよね」
明るく笑いながら、ベッドの間をすり抜けさらに奥へ。そこから先は本格的に「隠し通路」という雰囲気の石造りの狭い通路が続いた。
「地図も見ずに歩いているが、かなり複雑だな。完璧に頭に入っているのか」
右へ左へ、あまり変哲の無い通路をスイスイ進んでいくマリモに、ノエルが感嘆の声をあげる。
「遊び場みたいなもんだったからねぇ。慣れると地上を歩くより早いよ」
あの人混みを避けて歩けるならば、確かに魅力的だなと思ったあたりで、マリモは階段を上り始めた。
その階段も途中で何度も分岐して、あちこちで別の扉とつながっているようだ。ようやく木でできた重厚なドアの前で足を止めると、向こうには、人の気配があった。
マリモは、思い切り息を吸って声を出す。
「おかーさーん!」
ガタっと向こうで音がしたかと思うと、慌てたように扉が開いた。
「ノックは……!」
「してないよー」
デストロイヤーは腕を後ろに組んでニコっと笑う。今まで何枚の扉が「必ずノックをしなさい」という礼儀作法のために犠牲になったことだろうか。
姿を現した女性は、すらりと背が高く、褐色の肌に茶の髪をさっぱりと短く切り揃えている。年のころから考えても、マリモの母に間違い無い。
「おかえりなさい。そちらは?」
「パーティーリーダーのノエルだよ」
そう、と笑った顔も良く似ていると思った矢先、ノエルに注がれた視線にヒヤリとする。
「……失礼だけど、君は一般人かしら?」
「一般人……いや、ギルドの称号はならず者だ」
シュゴン、とマリモの脳天に拳が落ちる。重いうえに非常に速い一撃だった。
「一般人を隠し通路に入れるなと言ったでしょうが! 王の寝室にも通じてるんですよ」
怒られ慣れているノエルですら、その剣幕に首をすくめてしまう。
「ごめんなさい……でも一般人じゃないよ、仲間だもん」
「それは分かるわ、ちゃんと謝ったから許しましょう。でも次は無いからね」
はぁい、と頭をさすりながら涙目で返事をするマリモに、ノエルは小さく謝罪する。
「その……すまない」
「何でノエルが謝るの?」
「そうよ、君が謝ることはないわ。どうぞ入って」
優しい色合いで整えられた部屋の壁には、数えきれないほどの勲章が並んでいる。
一角には磨き込まれたフルプレートアーマーと、巨大な大剣が一振り。飾りでは無く、いつでもこれらを装備して出られるように準備されているのが分かる。
手早くお茶の用意がされて、3人はテーブルを囲んだ。
「私はエイベル、王国兵です。マリーがお世話になっているようですね。ご迷惑をおかけしてないかしら」
「いや。世話になっているのは俺のほうで……」
そもそもパーティー結成からあまりに日が浅く、まともに組んで戦ったのは一度。あとは、ひたすら飲み食いしていただけだ。
「お母さんはね、ラダトキア軍重装歩兵隊長なんだよ。すっごく強いの」
「……そうか」
重装歩兵隊の隊長までのぼりつめた女傑は、ギルドでは超有名人だ。しかし、他人にとんと興味の無いノエルは全く知らない。
ピンと来ていない青年に、マリモの母は口元だけの笑みを浮かべる。
「そのすっごく強い大剣で、真っ二つにされたくなければ、隠し通路のことは口外しないでいただきたいの」
「……シマセン」
よし、とそれで情報漏洩の話は終いらしかった。
マリモから時々発される、笑顔の圧は母譲りなのだなとノエルは納得する。
「それで、急にどうしたの?」
呑気にお茶をすすっていたマリモは、母からの問いかけに、そうだったと声をあげた。
「お父さんって、今日会えるかな?」
「どうかしら……会議は入ってないはずだけど。今の時間なら謁見の間にいるんじゃない?」
母娘の会話を黙って聞いていたノエルは、王都に戻った理由を思いかえす。
『知りたきゃ王様に聞いてくれよ』
『なら、聞きにいってみようか』
「もしや……マリモはカシュバル=モーガン王の娘、なのか?」
ためらいがちなノエルの問いに対して、マリモは「えっ、そうだよ」とごく普通に返した。
「マリベル=モーガンだから、マリモだよっ!」
そういう愛称のつけ方は、初めて聞くなとノエルは瞑目した。




