第38話 謹賀新年(1)
「明けましておめでとうございます」
改まって座った2人は、管理者から謎の文言で挨拶されて、戸惑いながらも頭を下げた。
「おめでとう、ゴザイマス」
細い銀の髪に寝グセをつけたまま、ぺこりとノエルは礼を返す。
「あけおめー!」
ニカっと笑ったマリモには、管理者のほうがのけぞって驚く。
「マリモは、順応力スゴいな」
コタツテーブルの上には、豪華な料理が詰まった箱が並んでいる。
「この箱、すっごい綺麗な模様が描いてあるね」
「お重っていうらしいぜ。ほれノエル、注 がれる時は盃を持て」
酒瓶を持った骨の面にせっつかれて、ノエルが朱塗りの盃を持ち上げると透明な液体がフチぎりぎりまで注がれる。
「水……?」
「純米大吟醸だっつーの!」
ダイギンジョーとはなんぞと思いながら口をつけると、確かに水では無く酒だ。どうだ? と管理者に尋ねられても、ノエルに酒の良し悪しはさっぱり分からない。
「……酒だな」
呑ませ甲斐の無いヤツだねぇ、と羽飾りがしおれると、対面の席からうっとりとした声が上がった。
「華やかな香りと甘み、涼やかな喉ごし……おいしい!」
「カーッ、マリモ! おまえはいい子だよ。こっちも飲んでみてくれ、オイラは本醸造も好きさ」
酒飲みたちが、飲み比べを楽しむ間に、ノエルはお重とかいう箱の中から次々と料理を取り出す。
豆料理のようだが、こんな漆黒の豆は見たことが無い。魚卵のようだが、こんなポリポリと固い歯ごたえのものを食べたことが無い。
この桃色の縁取りがある半月型の物体に至っては、何なのかもわからないが、絶妙な食感でクセになる。
そして、このケーキはなんだ、美味い!
「ウハハ、ノエルは伊達巻きが気に入ったか」
黙々と食べていた青年に、管理者が笑いながら声をかける。
「ふわふわで、甘い。しかし何故、渦を巻いているんだ」
「知らんけど、お節に入ってる食い物には、意味があるらしい。健康で長生きできますようにとか、儲かりますようにとか」
ほう、とノエルはうなずく。
「あっちはすんげー信心深い世界で、神様も何人もいるらしいからなぁ」
「カミサマ?」
今度は首を傾げたノエルに「そうか、この世界に神様はいねぇんだったな」と管理者はひざをたたく。
「教会を『教えるための会館』って意味で使ってるトコは初めて見たぜ。普通はな、世界を創造した存在なんかを祀り上げてるモンなんだ」
「今回は、私も全然わかんない」
マリモの困り顔に、管理者はいいさいいさと、顔の前で袖を振る。
この世界には、信仰という概念が無かった。教会は必ず町にひとつあるが、主に子どものための施設という認識だ。
教会には専属の大人がひとりいて、集まった子どもたちに、村の成り立ちや、過去の災害などをわかりやすく聞かせてくれる。
土の町テペロノでは基礎的な農学、水の町ルーノルーノでは操船技術を教わることもあるらしいから、学校のような存在なのだろう。
そして15歳の成人の儀で、能力を授けられると、その後教会に行く用事は無くなる。
次に行くとしたら、自分の子が教会に通う時の挨拶くらいだ。
グっと酒を飲み干した管理者に、すかさずマリモが「ささ、どうぞどうぞ」と酌をする。
「このオセチとか、昨日の薄いガラス玉とかを作ってるところが『あっち』なんだよね?」
「そうさ。このダンジョンと同じように、ニホンって国の商店街にもオイラたちは扉を持ってるからな、そこからいろんなモノを調達してきてんだ」
なるほどー、と自分の盃も干してマリモは再び口をひらく。
「ところで、あなたたちは何者? どうしてダンジョンに住んでるの?」
無邪気に尋ねたマリモだが、管理者はチッチッと舌打ちするような音を出して首を振る。
「まだ口を滑らすほどには呑んでねぇんだよなぁ」
「えー、飲み比べセット終わっちゃったよ」
床に転がした空き瓶を見て、マリモが鼻を鳴らすと管理者は細長い箱を持ってきた。
「ヒヒヒ、とっておきを開けちゃおうかな。紅か、碧か、萬か選ばせてやるよ」
「じゃあ……碧っ!」
「お目が高いっ!」
その後も、グダグダゴロゴロと酒盛りは続く。これが「あっち」の世界での一番正しい元旦の過ごし方らしい。
ふといつも管理者が向かっている長机の近くに、見慣れた飾りがついていることに気付いた。
「……あれは、王の祝日の印か?」
藁と紅白の紙で作られたオブジェの中央に、ノエルには読めない呪文が書いた札が添えられている。
「あー、これもあっちの風習でな、正月にドアとかに飾るんだよ。『本日お休み!』って感じがしていいだろ」
一時期はダンジョン内にも飾っていたそうで、いつのまにか冒険者からギルドに伝わったようだ。今では王の祝日に、迷宮の扉を閉ざしていますよという公式の飾りになっている。
「おもしろいねー」
朝からずっと飲み続け、食べ続けているマリモは、コタツテーブルに頬をつけて半分溶けたように笑っていた。




