第30話 孤軍奮闘(1)
「そういや、オーガスト隊はさっき町へ戻ったとこだぜ」
管理者にもらったお茶を相変わらず一気飲みし、おかわりを要求したノエルはその言葉にピクリと腕をふるわせた。
「4階まで手堅く降りてきて、箱2つ開けて帰っていったよ。いい顔になったな」
どんなアドバイスをしたんだよ、とからかうような管理者の声に、ノエルの口元がほころぶ。
「……何も。俺は何もしてない」
「そうかよ、ま、約束の羊羹だ。食っていけ」
皿に乗せられた、黒っぽくて薄っぺらな板は、木のようじが簡単に刺さるほど柔らかい。
これは人間が食べていいものだろうか。動物の内臓を乾燥させたものがこんな見た目で、薬になると聞いたことがあるが、ひどく苦いと……。
「甘い!」
「じゃあ、食うかどうか悩むフリするのやめろ」
粗食に慣れたローグには、圧倒的高カロリー、圧倒的贅沢な甘みである。
「土のゾンビの階層は、今までのようにはいかないぜ、パーティー組めよ」
お茶を飲み終わったところで、管理者がそう言うと、ノエルはひざの上に乗せた座布団中央から出ている、紫の糸束をつまむ。
「俺は……パーティーでの戦闘に向かない」
「そう決めつけんなって、オマエが自由に前線を飛び回っても、背中を守ってくれるような回復術師のオネーサマとか、面倒見のいい魔法使いのオッサンとか、王都にはそういう人材もゴロゴロしてるだろうが」
「後衛と組んだ方がいいということか?」
ちら、と視線を上げてきたノエルに、管理者はうなずく。
「オイラが盾役なら、オマエみたいなトリッキーな動きのヤツに合わせるのはイヤだね。タゲ被りを嫌う前衛職とも、基本相性が悪いと思うぜ」
「……ローグと相性のいい職業なんか無い」
「ボウヤのパーティーからキックされたくらいで、イジイジすんなよ。切り替えてけ、出会いは運命だ!」
その言葉がトドメとなって、ノエルは少しべそをかいて管理者室を後にした。
11階の環境に慣れるまで、ノエルの足取りはかなり慎重だった。隅々まで歩き回り、どこから敵が湧くのかを確認しているうちに、時計の針は深夜に近づく。
仕方なくラダトキアへ戻って、店じまいをしかけていた露店に、最後の戦闘で出た武器を持ち込む。
足元を見られてずいぶん買いたたかれた上に、気づけば新しい小太刀を購入していた。
それでもギルドホールの掛け時計が日付変更を告げると同時に、ポンと扉前に吐き出された冒険者が「全ロストしたー!」と嘆くのに比べたらまだマシだ。
あくびまじりの受付嬢が、元闘技場の選手入場口を閉じて、がっしりと大きな錠前に施錠し、さらに封印の呪文まで施す。最後に紅白折り紙がついた藁飾りをかけると、王の祝日の戸締りは終了だ。
これで明日は丸一日、誰もダンジョンに入ることができない。
宿も休日前割増とかいう謎のシステムで、普通に泊まるより銀貨3枚分高くなるらしい。何もかもが金欠ローグのフトコロを寒くする。
そんなこんなで、城前広場に到着したノエルの財布には、寄付金の銀貨10枚など到底残っていなかった。
「ワレらが、王が……強、つよつよ……で、ある」
「イヒヒつよつよだって」「兵士の人へたくそー」「あいつ、オモチャの人形みたいな動きじゃね?」
幼児たちからの容赦ない声は、舞台上のノエルの耳にハッキリと届く。
「おい、セリフが終わったなら下がってくれ、そこ邪魔っ!」
肩をつかまれて、よろけて後ろに下がった銀髪の兵士役は、背景の大道具をなぎ倒し、舞台を激しく破壊した。
銀の閃きは、鬼気迫る。
ガオンと蹴られた金属の壁がたわみ、上空で横向きに1回転したローグのマントからこぼれた切っ先が、歩く屍の首を一気にはねとばした。
ゴミ箱、はずれかけた雨どいと、不安定な足場を伝って、屋根の上に陣取ったノエルの手には短弓。ト、ト、トとリズミカルに放たれれば、ゾンビラットは脳天から矢を生やして道に転がる。
受付嬢や管理者の助言もなんのその。ノエルはたった1人で、すでに地下18階に到達していた。
目の下には真っ黒なクマが深く、さっきから腹の虫は鳴りっぱなし。
王の祝日の劇を台無しにしたノエルは、ラダトキアのギルド本部で一晩中説教され、破壊した大道具の代金として、かつてない借金を負った。
そのまま寝ずにダンジョンが開くのを待ち、不眠不休でひたすら狩りを続けている。ちょっと、ヤケになっているのは、当人も認めるところだろう。
「あーあ。19階まで来ちまったかぁ」
どうやってこの量を持ち帰るつもりなのかというほどの、アイテムが積まれた部屋の一角をチラ見して、管理者はため息をつく。
確かに彼の技量は素晴らしい。ひょっとしたら、土のゾンビすらソロで倒してしまえるのかもしれないとさえ思う。
こういう一騎当千の兵は、いつ、どの時代にも現れるもんだなと、管理者は永い命の先で想った。
民の願いを一心に受けて、昇る竜のように世界の闇を払う者は、必ず世界に用意されているのだ。
「ただ、今この世界はピンチじゃないし、常にコミュ強が勇者になると思うなよってか?」
イシシと、楽しそうに管理者は笑った。
「さぁ、ノエル。この部屋を超えられるかな? 今度は、お遊びじゃないぜぇ?」




