第29話 王都ラダトキア(2)
酒場は昼間から通りにテラス席を広げ、冒険者たちがにぎやかに酒を酌み交わす。3階建ての高級宿は、ピカピカに磨き込まれた窓をすまし顔で並べていた。
大通りには馬車が走り、街路灯が整えられたレンガの道を、色とりどりの服の人が行き交っている。
鉱山の町ゴンゴルノに比べて、当然人も多いが、色彩も多い。
黒づくめのローグは、居心地悪そうに早々に大通りを離れて、裏通りの目立たない宿屋に飛び込んだ。
「へぇ、アンタ1人で潜ってるのかい。さすがにこのへんの宿は、ほとんど2人部屋からだよ」
1人で泊まっても、2人部屋料金と言われてノエルは口をとがらせる。
「5人パーティーだって、リーダーだけが男で、あとは女という組み合わせもあるだろう。何で1人部屋の需要が無いんだ」
何でって、と宿の主人はあきれ顔で純粋な青年を見つめ、胸の前でポインと手をおわん型に弾ませて見せた。
「それこそ1人でなんか寝るはずないだろう」
「むぅ……」
なけなしの銀貨をカウンターに乗せ、納得いかない様子でノエルは部屋の鍵を受け取る。ゴンゴルノで武器部屋用に長期間二部屋借りている金額より、今夜一晩の宿泊費が高い。
翌日屋台の並ぶ一角で、昨日くいっぱぐれた夕食兼朝食用にパンを買い、少し悩んで半分を夕飯に残した。
ギルドカウンターを訪れると、昨日ほど内部は混雑していない。帰還した冒険者たちが、持ち帰った武器の情報交換に花をさかせていた。
「あら、これからダンジョンに入られるんですか?」
窓口に立った受付嬢の胸に、緑の葉のブローチが飾られているのを見て、ノエルは慌てて日付を確認する。間の悪いことに、明日が王の祝日だった。
まだ日付が変わるまでにゆうに12時間以上はあるが、これから初挑戦の階層だ。しかもギルドに提出する木札が銀貨3枚で、想定より高い。
モトがとれるかと思案するまでもなく、稼いで来ないと劇に参加させられるのだと思い出して、銀髪のローグはダンジョンに向かう。
ラダトキアの入り口は、入ってすぐが階段のある部屋になっている。上り階段の先には赤い扉、下り階段の先には鍵のかかった緑の扉が待ち構えていた。
すぐに下り階段に向かうかと思ったノエルは、少し考えて赤い扉の方を開く。
その先は火のヴァンパイアと戦った洋館の広間では無く、ただの細長い通路に通じていた。
首を傾げながら通路を進み、その奥の扉を開くと【キスしないと出られない部屋】に再び閉じ込められてしまった。
「!?」
猛烈に焦った顔をしたノエルが、仕掛け鏡の横の扉に触れると、フインとドアが開いて細い通路の部屋に戻る。
しばらく呼吸を落ちつけてから、再び仕掛け部屋へ戻り、さらにその奥が9階層に繋がっていることを確認してから、緑の扉の前まで戻った。
ラダトキア側からも上の階層へ戻ることは可能だが、ボスとの再戦はできないようになっているらしい。
確かに、20階で土のゾンビと戦って下層に降りてから、帰り道にもう1回戦えと言われたらつらすぎるからだろう。
仕組みを理解したノエルが、緑色の扉に灯の鍵を差し込むと、そこにはいつか管理者室のモニターで見た光景が広がっていた。
サビが浮いた金属の建物が並ぶ街並みと、転がるゴミ箱。不潔そうな水たまりが点在する床。今まで石造りの部屋と部屋で連結されていたダンジョンは、突然、様変わりした。
動物がうなるような声を聞いて、ノエルが身構えながら角を曲がると、腐敗した犬が一匹飛び掛かってきた。
間合いに入られるより前に、投げたクナイが眉間に突き立って、犬はその場に転がる。
すると、ノエルの背後のボロボロのトタンの隙間から、今度は腐ったネズミが現れて肩口へ噛みつこうとジャンプする。それもマントの下から抜いた短剣で難なく切り捨てると、それで戦闘終了らしい。光る宝箱がドロップした。
10階層までのように、何匹の相手をすれば良いかが最初から分かるわけでは無く、視認できない場所からも敵が沸く。今はこの程度の数だが深層ほど1人で警戒するのは厳しくなるのかもしれない。
宝箱から武器を集めたノエルが、いつものように管理者の部屋への扉を開くと 骨の面はドアの前で腕組みをして待ち構えていた。
「オイ、ノエル」
低い声で呼ばれて、開きかけていたドアを止める。
「……お邪魔シマス?」
「挨拶じゃねぇよ!」
じゃあ何だよと言わんばかりのローグに、壁にキッチリ並べて置かれた武器を指さす。
「管理者室を武器庫にするヤツがあるか」
再び両手いっぱいの武器を持ち込んだ青年が、前回この武器を忘れて行ったのでは無く、ここに溜め込むつもりなのだと確信して、管理者は唾を飛ばす。
銀の頭がシュンと下を向いて、正直な声がこぼれた。
「……とても都合がいい」
「だろうな!」
そして、ならず者はこの程度のお叱りには屈しない。やがて黙々と、前回と今回の武器を綺麗に整列しはじめる。
合鍵を渡したことを少し後悔しつつも、管理者にできるのは、大きなため息を聞かせてやることくらいだった。




