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金欠ローグと地下40階の迷宮  作者: 竹部 月子
2章 管理者とローグ
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第26話 巣立ち(4)

「アタシが迷宮に挑みたがる理由は、分かってくれた?」

 再び妹の方を見つめたメイに、オーガストもまだうつむき加減のソフィアへ視線を移す。

「……はい」

 胸の前で固く手を組んで、ソフィアはうなずいた。

「でも、それはアタシの都合だから。ソフィアが辛いなら、一度テペロノへ戻ろう」

 それは、ダンジョンに挑むことを諦めるという意味では無く、ソフィアを送り届けたら自分はゴンゴルノに戻って冒険者を続けるということだろう。


 それでもメイは以前のように、来ないなら置いていっちゃうからね、という態度では無く、心から妹の痛みに寄り添っているように見えたから、オーガストには引き留める言葉が無い。

 眉間に深くシワを寄せて、苦痛をこらえるような顔をしている回復術師の決断を黙って待った。


「……ソフィア、一度死んだ後、回復していて何か気付いたことがあるんじゃないか?」

 張りつめた沈黙を破ったのは、ノエルの声だった。

 ぱっと開かれたソフィアの瞳に、すでに怯えの色は無い。もう彼女は心を決めていたのかもしれない。


「はい。傷口が開く前に回復が間に合えば、ダメージは無かったことにすることができます」

「……どういうこと?」

 メイが首を傾げる。

「痛みを感じる前に治してしまえば、攻撃を受けても体が感知しないんです」


 例えば紙のフチで、指先を切った時。スワッと嫌な感触があった後で、少し遅れて血がにじみ、痛みがやってくるのを体感したことがあるだろう。

 その時差の間に傷の方を治してしまえば、ダメージを受けていないのと同じだということに、ソフィアは気付いていたのだ。


「でも、回復しなきゃいけないことに変わりは無いんだよね?」

 この重要性がピンときていないオーガストは、マヌケな質問を返す。

「ええ。でも、傷口をかばってよろめくことも、呪文の詠唱が途切れることも無くなります」

 あっ、とメイが先に声をあげた。

「それで、あの時はずっと詠唱を続けられたんだ……」


「ダメージを受けて、動きが鈍った瞬間が弱点になるのは、冒険者も魔物も同じだ。ソフィアが見極めて回復できるようになれば、戦闘で圧倒的に優位に立てる。これほど頼もしい回復術師は居ないだろう」

 褒めるのが苦手なノエルから、最大限の力で背中を押してもらった気持ちで、ソフィアは仲間の方へ顔を上げた。


「……テペロノへ帰れなんて言わないで。一緒に行こうって、もう一度言って下さい」

 細い両手が伸ばされると、すぐに右手を姉がつかみ、少し照れて左手を勇者がつかんだ。

「当たり前じゃない、ソフィアが一緒に行ってくれなくて、誰が行くのよ」

「うん、一緒に行こう。オレももっと強くなって、必ず2人を守るから」

 固く手をとりあった3人を見て、ノエルは静かに微笑する。


 それに気付いたオーガストが「一緒に」と言いかけて、首を振った。

 ここからは、もう、自分たちの足で。

 少年たちの目に宿った強い光に、これが本当の「巣立ち」なのだとノエルは理解した。


 己の羽を信じて飛び立とうとする者を見送る時、胸に広がる感傷は甘苦い。

 これを知れと、ギルマスは自分にゲンコツを落としたのだろうか。だとすれば、やはり彼には感謝しかないとならず者(ローグ)は肩をすくめた。



 

「何でよ、最後なんだから一緒に泊まってよ」

 話しも済んだことだし、あとは若い3人でと、年よりのようなことを言って宿を辞そうとしたノエルは、メイにマントをガッチリとつかまれた。

「……いや、いびきをかくので迷惑になる」

「いつも寝息を立てているかも心配になるほど、静かじゃありませんか」

 さぁ、とソフィアに姉妹の間のベッドをすすめられて、ノエルはふるふると首をふる。


「人の気配があると眠れない」

「さんざん4人で一部屋に寝てたのに、無理があるよ。誰より先に寝るでしょう」

 オーガストにまで笑いながら言われて、青い目が泳ぐ。

「……しばらく馬小屋で寝ていたので、藁の上じゃないと寝られない体になった」

 おー、と3人が一番それっぽい言い訳に感嘆の声をもらしたので、ならず者はホッとして部屋を出ようとした。


「もう、ノエルってば。藁ならアタシがもらってきて、ベッドの上に敷いてあげるから心配しなくていいわよ」

 ガシッと自分の手ごとドアノブをつかんだメイに、ノエルは汗をかきはじめる。

「む……いや、それは、宿のおかみに怒られる……」

「じゃあこのままでいいですね? さ、明かりを消しますよ」


 オーガストに手を引かれ、コロンと寝台に横になった元リーダーは、慣れない柔らかなベッドで居心地悪そうに寝返りをうち、そのうち動かなくなったかと思うと、もう熟睡しているようだった。

 少年と姉妹は再び、それぞれの思いで心からの「ごめんなさい」と「ありがとう」を捧げ、最後の夜を惜しむように眠った。

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