第22話 詫び鍵(2)
「つーわけで、詫び石ならぬ、詫び鍵だ。やるよ」
当然100連ガチャだワッショイとは盛り上がらず、テーブルに乗せられた不思議な形の鍵にノエルは首を傾げる。
「まずはオイラについて来な」
管理者が壁に向かって鍵を突き刺すと、その先端がヌルりと壁に吸い込まれ、扉が出現する。
ドアを開けて部屋を出てしまった管理者の後を、ノエルが慎重に追いかけると、先程オーガスト隊が全滅しかけた地下5階の部屋だった。
「ごめんな、ちょっと案内中だから、ここで待っててね」
奥に続く扉の向こうに「何か」を押し込めて、ドアから顔を出しているノエルを部屋に引っ張りこむと、バタンと扉を閉めてしまう。今度は煙のようにドアが消え失せ、壁だけが残った。
「この制限付きマスターキー、使い方は至極簡単。ダンジョン内でドアの無い壁に向かって、こう、ブッ刺すと」
再び鍵の先は壁に吸い込まれ、代わりにドアが出現する。開くと、管理者とお茶を飲んだ部屋に繋がっていた。
「地下1階から、40階までどの階層からでも、この部屋にアクセスすることができる。ただし、ここから戻れるのは元の階層で扉を出現させた場所だ。移動ポータルみたいなイメージだな」
「……イメージできん」
難しい顔をしているローグに、カカっと管理者は笑う。
「3階から鍵を使えば、オイラの部屋と3階が繋がる。35階で使えば、オイラの部屋は35階と繋がる。それだけっちゃそれだけだ」
管理者室は非戦闘区域で、セーフポイントと同様に使える。これにダンジョン内のどこからでもアクセスできるというのは、いわゆるチートだった。
水のワーウルフの支配階層だけは、それだと他の冒険者と難易度が違いすぎるから、後で設定を変えておこうと胸中で算段する。
ただでさえ、ギフトマシマシのノエルに、ちょっとやりすぎかなと、思わないでもないが、【浪費家】で全部台無しになっていることを考慮すれば、まぁ許される範疇だろう。
しばらく考えこんでいた青年は、すっとその場にしゃがみ込んで、腰ほどの背丈しかない管理者に目線を合わせた。
少し首を傾げると、さらさらの銀髪が横に流れて、宝玉のような青い瞳が、骨の面の眼窩のくぼみを見据える。
「つまり、ダンジョンに潜っている間は、いつでもあんたの部屋を訪ねていいと。そういうことか?」
「えっ? ああ、まあ、そうね、そういう感じだね」
まるで友人の部屋を訪問するような調子で言われて、思わず管理者はうわずった声で返事をした。
「使わせてもらおう。助かる」
鍵を握りしめてそう言ったノエルから顔をそむけ、「うわー、こいつ突然イケメン感出してくるわ、怖えーわぁ」とものすごく小さい声で管理者がつぶやいた。
そういえば、と思い出したように青年は言った。
「俺は、どのくらい眠っていたんだ?」
「うん? 丸1日ってとこかな」
「……そうか、ひとまずゴンゴルノに戻る。世話になった」
少し焦った雰囲気になったのは、先に戻ったはずの少年たちを思ってだろう。
「おいおい、ちょっと待て」
これだけはそろそろ釘を刺しておかねばと、おせっかいな管理者が呼び止めると、ならず者は困ったように眉を曲げて、ぺこりと頭を下げた。
「……スミマセン。お世話にナリマシタ」
「今さら、クチのききかたを説教しようってんじゃねぇよっ!」
鮮やかなツッコミに、ノエルは相変わらず「む」と戸惑いの声を上げる。
「オマエさん、地上に戻ってあのボウズたちに何を言ってやるつもりだ?」
青年はとっさに答えることができない。
「死ななかったんだから大したことは無い、気にするな。おおかたそんなところか?」
ボンヤリ思い浮かんでいたセリフを、ピタリと言い当てられて、ノエルは少し驚いた。
「そんで、いつまで影からあのボウズたちの尻ぬぐいをしてやるつもりだ? それであいつらはいつか、いっぱしの冒険者になれんのか?」
そこまでの明確な未来予想図は無い。
ギルマスに言われた「最後まで責任を持て」という言葉に、どうしたらいいか分からなくて、ただ死なせないようについて歩いていただけなのだ。
それも見透かした管理者は、もう少し分かりやすく、ノエルに問いかけた。
「オマエは、そうやって誰かに甘やかされて、ここまで強くなったのかい?」
骨の面からの声は優しい、けれどノエルはそれに撃たれたように肩を震わせた。
「これからは自分たちの力で切り抜けられるように、アドバイスを与えたら、あとはきちんと突き放してやるべきだ」
最初に武器を売った金を持って行った時、ミラーシールドをねだられた時、突き放すべき時にそうしなかった自分の選択が、結果的に少年たちのパーティーを窮地に陥れている。
そんなことは、ノエル自身が一番よく分かっていた。
すがるような思いで見つめた管理者は、無情に首を横に振る。
「10階層を越えて、王都にのぼんな。ボウズたちの手の届かないとこまで行っちまえ。その実力は、もう備わってるだろ」
しばらく黙ってうつむいていた青年は、こくりとうなずいて、管理者を見つめた。叱られた後の子どもみたいな顔で、口をへの字に結んでいる。
どこの世界にも、こういう不器用なヤツっているんだなぁと、管理者は嘆息した。
支度を整えて、再びノエルは地下5階に出る。管理者権限で、出口まで送ることもできるがここからの帰り道など、気持ちを整理しながらの散歩のようなものだろう。
「頑張って行ってきな。次来る時までに、商店街からヨウカン買って待っててやるからよ」
ピョンと跳ねながらハッパをかけた管理者に、ノエルは不思議そうに振り返る。
「……溶岩?」
「いいから、早よ行けっ!」




