第13話 空回りするリスタート(1)
先にメイが目覚め、やはりハッとして自分の胸元を確認する。リリスに嬲られた最期を思えば、どれほど取り乱すかと思いきや、ただ険しい視線でオーガストを見つめた。
「アタシたち、どうなったの?」
「……ごめん。あの後、すぐに全滅した」
オーガストの言葉に、ボフ、と掛布団に拳を叩きつけ、小さな声で「くやしい」とつぶやく。
大いに取り乱したのは、最後に目覚めたソフィアだ。よろけながらメイのベッドへ上り、彼女にしがみつくと大声で泣いた。
幼い頃からの付き合いだが、ソフィアがこんなに泣くところを見たことが無い。最初は優しく見守ってくれた他の患者も、次第に迷惑顔になってきたので、早々に部屋を出ようと支度する。
「装備品と、持ち込んだアイテムは全部ある。所持金は元から少なかったけど、ホントに半分になってるみたい」
「施療院の治療費って、どのくらいかかるの?」
メイの心配そうな声に「分からないけど」と戸惑いながらロビーへ向かう。ソフィアはまだグスグスと泣いていた。
「冒険者はギルドからの補助で最低限の回復までの治療は無料になるの。あなたたちはそこから半日ほど滞在しているから、3人で……これだけね」
請求書を出されるが、もちろん所持金が足りない。恥をしのんで、ギルドに借金の依頼をしに行く他無さそうだ。
「でも、この分はすでにノエルさんが支払ってくれているから、今日のところは結構よ」
「えっ……?」
オーガストが聞き返すと、受付の女性は「ちゃんとお礼を言っておくのね」と言った。次の患者が前に進んで来たので、詳しいことを聞けないまま3人は施療院を後にする。
道を歩き始めるとすぐに、自分たちが猛烈に空腹であることを自覚した。丸2日食事をしていないのだから当然だが、酒場に入るほどの金は無い。
仕方なく屋台で串焼きを買うと、近くのベンチに腰かけて黙々と食べた。
「オーガスト! 体はもういいのか」
串についた肉のカケラまで意地汚く食べていたオーガストは、呼ばれてとっさに串を後ろに隠す。
いつものように薄汚れた格好で、ガザと数人の小さな子どもたちがこちらへやってくるところだった。
「うん、ちょっと油断しただけ。回復したらすぐにまたダンジョンに挑むよ」
まだひどく重だるい体で、勇者は見栄を張る。その横で、ソフィアが信じられないものを見るような顔で、こちらを見ているような気がした。
「さっすが冒険者。1回死ぬと、それきり廃業ってヤツも多いから心配してたんだ。半額持っていかれて、生活費に困るなんてのもよくある話だし」
それ以前の話でもあったのだが、現在オーガスト隊がかなり困窮しているのは確かだ。
それでもこのクズ石拾いの子どもたちの前で、そんな様子を見せるわけにはいかなかった。
「あはは、大丈夫。すぐにまた稼げるんだし。オレがガッツリ儲けたら、おまえらにもいいもの食わしてやるからな、今は我慢するんだぞ」
手近な1人の頭を、帽子の上からぐりぐりと撫でると、少年は不思議そうに首をかしげた。
「いいものってどんなもの?」
「皿に大盛の肉さ!」
オーガストが歯を見せて笑うと、少年もニコっとする。
「ねー、ガザ。肉って酒場の……」
「ん、そうだそうだ、楽しみだな。じゃ、オーガストとお二人さん、俺たちこれから昼メシだからさ、ご武運を!」
何故か少し慌てるように、ガザは子どもたちの背中を押して歩いて行った。
「すぐに食べさせてやれる訳でもないのに、かわいそうじゃない」
メイが非難がましく言ったので、オーガストもすぐに反省する。
「あんまりみすぼらしかったから、ついさ。昼もあんなにいそいで行かなきゃ、きっと上役に殴られるんだろうね」
かわいそう、と自分たちの身の上を棚にあげて、2人は同情的にため息をついた。
絶対騒ぐなよと念を押されて、1人用の部屋に3人で宿泊が許された。母の形見の指輪はさらに減り、これ以上は本気で資金がたちゆかなくなる。
「明日、さっそくダンジョンに潜ろう。体はもう大丈夫?」
ベッドの上に並んで座る二人を、床に敷物を敷いて座るオーガストが見上げる形になる。メイが同意を示すより前に、髪を振り乱すようにソフィアが首を横に振った。
「オース、どうかしているわ。姉さまは、あの時……死んだのよ。そんなところに、どうしてまた行こうと思えるの?」
「死んだけど、ダンジョンでの死は、地上の死と全然違うわ、私たち全員生き返ったじゃない」
妹が臆病風に吹かれているだけだと思ったメイは、優しく諭す。
「嫌です。オースは姉さまを守れなかったわ、また、あんなことになったらと思うと……嫌です!」
ヒステリックになったソフィアの声に、ドンと隣室から壁を叩く音がして、メイは声を低めた。
「じゃあどうするの? もう明日の宿代どころか、朝ごはんだって食べるお金が無いのよ」
「……姉さま、もうやめましょう。冒険者なんてやめてテペロノの町に戻りましょうよ」
決定的なソフィアの一言に、オーガストは息を呑む。
しかしメイは不機嫌そうに目を細めて、昔から口癖のように繰り返している言葉を妹に放った。
「嫌ならソフィアだけ帰りなさい。アタシとオーガストで行っちゃうからね」
メイの決め台詞に、うるりとソフィアの瞳が濡れる。そう言われた時、彼女が返せるのも、いつもこの言葉だけだった。
「嫌です、ソフィアも……連れて行ってください」




