第12話 まだそんな実力じゃない(3)
「その奴隷の少年がノエルだったということですか」
事件を知らなかった方の受付嬢が尋ねると、そういうことだな、とギルドマスターはうなずく。
「32人も押し込まれてた馬車で、たった1人生き残ったのがノエルだ。ちょうど王都は『人たらし王』の例の改革のせいでゴタゴタしててな、しばらくギルドで預かることになった」
当時を思い出すように、目を細めてマスターは続ける。
「名前は首輪に書いてあったが、正確な年も出身も本人は分からんらしい。俺には6歳くらいのガキに見えたから、とりあえずそれで住民登録した」
何とも適当なことだが、分からないものは仕方がない。
そこからしばらくノエルはギルドの世話になり、やがてどこかの村で職を探したほうがいいと、水の町ルーノルーノへ送られた。
「ゴンゴルノにノエルが来た時の事は、知っているな?」
もちろん、と受付嬢たちはうなずく。ノエルが1人で町のギルドカウンターに姿を現してから、まだ1年も経っていないはずだ。
「冒険者登録のためには、銀貨3枚が必要ですよ」
「……金が無い」
あらあら、と受付嬢は困ったように首を傾げた。登録金が必要なことを知らずに訪れる冒険者も多いので、実はこの反応は珍しく無い。
ただし嬢たちも、このちょっと顔が良くて物憂げな青年が、カウンターを尋ねるたびに「金が無い」と呪文のように繰り返すことや、再会を喜んだギルマスの顔を見て「全く覚えてない」と言い放つことまでは予想できなかった。
とりあえず、しぶるノエルに腰の剣を一本売らせて登録金を作って、ギルドの認識票を発行する。そこで彼が、世にも珍しいギフトの4つ持ちであることが判明した。
ソロは勧めないと言う受付嬢のアドバイスも聞かず、青年は独りでダンジョンに潜ると、半日で両手いっぱいのレア武器を抱えて戻った。
これが【激運】の威力かと、たちまちゴンゴルノはノエルの話題で持ち切りになる。
その稀有な能力に冒険者が群がり、彼をパーティーに引き入れようと勧誘しまくった。
しかし青年は、どのパーティーとも組まず、ただ黙々と浅い層とゴンゴルノの町を往復し続ける生活を始める。
激運持ちのノエルは、買い取りの過去最高額を更新するほどアイテムを持ち帰るのに、何故か常にド貧乏。
それが、彼の4つ持ちギフトのうちの【浪費家】のせいらしいと知られ、馬小屋に寝泊りして水のようなスープをすする姿が常になると、誘いの声もかからなくなった。
町では無銭飲食や不払いの騒ぎをしょっちゅう起こすが、いつもおとなしくギルドに連行されて、借り入れ払いをしてくれるので、商人たちからの評判はさほど悪くない。
冒険者の間では「武器の収集に命を燃やし、ギルマスにいつも怒られてる変人」として、生暖かく見守る対象になっていた。
そのノエルの生活を、誰よりも歯がゆく見守っていたマスターは、額に青筋をうかべて口を開く。
「あの地獄のような現場で、信じられるのは武器だけだったんだろう。だから今でも執着するのは分からんでも無い。でもな、アイツの中身が奴隷馬車から救助された頃から、これっぽちも成長してねぇんだよ」
顔をしかめたギルマスの親指と人差し指は、ぴったりくっついていて、本当にこれっぽっちもらしい。
「戦闘経験だけを積んで、あとは全部おろそかにしてたんだろうよ。他人との関わり方、人間としての暮らし方のスキルがゴミなんだよ」
口汚く言ったギルマスの表情に浮かぶのが、後悔のような苦い感情だと悟って、受付嬢たちは顔を見合わせる。
「オーガストたちの面倒を見始めて、これからは教える側としてゆっくり成長していくかと思ったら……このザマだ。ほとほと呆れる」
つまり、ギルマスがこうもノエルにばかり厳しく当たるのは、昔保護しただけの子どもの行く末に、ずいぶんと責任を感じているからなのだ。
あらゆる常識が欠けていた奴隷少年を、もう少し手元に置いて、社会のあれこれを教えてやるべきだったのでは無いか。自分が中途半端に放りだしたから、あんな無表情に何でも諦めてしまう大人になってしまったのではないか。
そういうモヤモヤが、会うたび怒りに変換されているということは、不思議なもので当人ほど良く理解していないものだ。
「なるほど、良く分かりましたよ」
「愛ゆえのお叱りなら、私たちも見守りましょう」
ずいぶん年下の受付嬢たちから、慈愛に満ちた目を向けられて、ギルマスは飲んでいた茶をブッと吹き出した。
オーガストは見立て通り、翌日の昼には施療院のベッドの上で目を覚ました。まだメイとソフィアは青白い顔で眠っている。
とっさに自分の肩口を見て、穿たれたはずの致命傷が影も形も無いことを確認する。その後に、じわじわと胸を締めるような恐怖に、ひざを抱えた。
迷宮は、罠と、敵意むき出しのモンスターに溢れ、間違いなくこの大陸で一番危険な場所だ。一瞬の判断ミスで、簡単に冒険者たちを死の淵へひきずり込む。
しかし、ダンジョンは必ず、冒険者を生かして帰す。
今までただの一人も迷宮内で死んだ者は居ない。今回のようにパーティーが全滅すれば、揃って瀕死で迷宮入り口に並べられるし、仲間の一人が途中で死亡した場合でも、ダンジョンから脱出した時点でやはり瀕死に戻る。
つまり、地上では決してありえない「蘇生」が行われるのだ。
体を欠損するような怪我も、傷も、ダンジョンを出ると回復する。ただし、失った体力だけは戻らないから、相応の療養期間は必要だった。
ならば何のリスクも無いかと言えば、そうではない。蘇生するということは「一度は死ぬ」ということだ。
そして死の恐怖は、誰にでも平等では無い。




