第11話 まだそんな実力じゃない(2)
施療院のロビーに、髪に馬小屋の藁クズをつけたノエルが駆け込んできたのを、ギルドマスターは険しい顔で振り返った。
「……来たか」
「オーガストたちは?」
珍しく早口でノエルは問いかける。
「どうということは無い。他の冒険者と同じく、ちゃんと瀕死でダンジョン入り口に並んでたさ。今は仲良く治療中だ。若いから明日には起きられるだろう」
地下5階で全滅だったらしいぞ、と言われてノエルは眉をしかめる。
「……まだ、そんなに深くまで行けるほどの実力じゃない」
バゴッとものすごい音がして、順番待ちをしていた患者も、看護師も一斉に音の発生源に顔を向ける。
銀髪の男が、両手で頭をおさえて痛みに悶絶しており、その横でまだゲンコツの姿勢のままのギルドマスターがフシューと口から怒気を吐いていた。
「そう思うなら、何故考え無しにレア装備を与える? 何故ミラーシールドを渡した? 一気にボス部屋を目指すだろうと思わなかったのか」
ビリビリと部屋が震えるような大声に、子どもが泣き出した。
「……まだ、そんな実力じゃなかった」
同じ言い訳をするノエルの耳を、ギルマスの太い指が容赦なくつかむ。
「こんの、ド阿呆が! オマエは図体もたいしてでかくならねぇが、オツムはさらにガキのままなんだよ! ギルドまで来い。シメてやる」
騒がせたな、と申し訳程度に謝罪して、ギルド長がローグの耳を引っ張って出ていくと、その場の一同はホッとしたように息を吐く。顔見知りの冒険者たちは、あの銀髪はいつもマスターに怒られているなぁと少し同情的な目で見送った。
ノエルは再び借り入れ金の証書にサインをし、引き出した銀貨をそのままギルドの受付嬢に渡す。
「施療院に。オーガスト隊の治療費だ」
「……もう、パーティーは解散してるんです。ノエルさんが借り入れまでして払うなんておかしいですよ。最低限の回復はギルドの基金で行いますし、その先は冒険者の自己責任です」
いや、と頭のてっぺんをさすりながら、ローグは長い前髪の下で瞳をかげらせる。
「俺の責任だ。払っておいてくれ」
それだけ言うと、ノエルは重い足取りでギルドから出て行った。
しばらくしてから、昼休憩のために執務室から出てきたギルドマスターを、二人の受付嬢が囲む。
「マスター! どうしてノエルにだけあんなに厳しくするんですか!」
「そうですよ、ミラーシールドの件だって、酒場での話しを聞いてますか? あんなのゆすりですよ、若いからって何でも許されるなんて、ギルドの公平性が疑われますっ」
指輪の件など、ギルドが少し調べれば何が真実だったのかすぐに分かることだった。
「おうおう、なんだオマエら。ノエルのファンか? ああいう手合いに惚れ込むと苦労するぞ」
笑いながら2人の間を抜けようとしたマスターに、「誤魔化さないでくださいっ!」と受付嬢たちは食い下がる。
何せ彼女たちは、戦闘経験皆無のオーガスト隊が、3人でいきなり迷宮に挑もうとしたのを必死で止めた張本人。
案の定、ボロボロになったところを、ノエルに拾われて戦い方を教わり、その恩も忘れてリーダーを追放した流れを、誰よりも良く知っているのだ。
「……分かったよ、昼メシ一緒に行くか?」
観念したギルマスに、二人は食い気味に「もちろん」と答えた。
軽めの昼食を取りながら、ギルドマスターは少し低い声で切り出す。
「15年くらい前に、ルゥド平原からゴンゴルノの山岳地帯にさしかかるあたりで、奴隷商の馬車が盗賊に襲撃された事件を知ってるか?」
受付嬢の1人はすぐに首を横に振り、もう1人が分かりますとその後を引き継いだ。
「奴隷商の方も用心棒を雇っていたせいで賊と相打ちになり、残された馬車が悲惨な状態だったと……」
「モンスターの巣に近かった上に、奴隷たちはほとんど腕か足か、その両方を縛られていた。もう少し連絡が早ければなぁ」
「……もしや、マスターはあの時、王都のギルドに?」
いっちばん下っ端だったがなと笑うが、王都のギルド員には激しい選抜試験がある。若い頃からかなり優秀な人物だったということだ。
凄惨な現場に吐き気を催しながら、かつて新人ギルド員だった彼は、あたりを捜索した。血の跡を追うと、草むらで無残に食い荒らされた骸ばかりが発見される。
もう、ここには生きている者は誰も居ない。無念さに歯噛みしながらそう結論付けようとした時、森の奥から銀の光がギルマスに向かって飛来した。
「なっ……!」
油断していたとは言え、全く気配の無かったその一撃に、ぎりぎり身をかわす。ぬかるんだ道へ倒れたのが、両手を縛られたままで剣を握った子どもだと気付いた男は息を呑んだ。
「オマエ、奴隷の……」
言葉の途中で、シャッと下から振られた切っ先が鎧をかすめそうになって、慌てて細い腕から剣を叩き落とした。
改めて「生き残りの奴隷か」と尋ねようとして、肩に手を載せる。
ツイ、と見上げてきた瞳のあまりに鮮烈な力に、こんな奴隷がいるもんかよ、と思ったのだ。




