第10話 まだそんな実力じゃない(1)
「姉さまぁっ! オース、そこをよけて、行かせてっ!」
泣きじゃくるソフィアを片手でひっつかんで、背中にかばい、だんだん狭くなる視界の中、オーガストは足をふんばる。
極力戦闘を避けながら、到達した地下5階。見慣れたピクシー3匹と共に現れた女性型のモンスターの名はリリス。初見では無かったが、いつもノエルが相手をして早々に倒していたので、その実力をまるで分かっていなかった。
闇魔法シャドウボールの連打に、簡単にはじきとばされたオーガストが起き上がると、既にリリスは後衛の姉妹の目の前でフワフワと浮いていた。
「火球よ……うあっ!」
詠唱しようとするメイを、からかうように細いハート型の尾で殴打する。メイはほぼ初めて受ける、魔物からの連続ダメージに完全に戦意を喪失し、杖を抱いて震えていた。
「オース、早く、早く来てっ! 癒しよ!」
ソフィアは助けを求めながら、必死でメイを回復する。
しかしオーガストは助けに行きたくとも、立ちはだかるピクシー3匹の素早い動きに翻弄されて、前に進むこともできない。
ダメージ、回復、またダメージの繰り返しに、メイが「もう嫌ぁ!」と甲高い声でわめくと、リリスはうっとりするような微笑をうかべて、その胸をひと思いに刺し貫いた。
死。仲間の、死。
狂ったようなソフィアの悲鳴の後、どこをどう動いたのか分からない。気付くとピクシーは2匹倒れていて、オーガストは焼けるような痛みの中で、必死で後ろにかばったソフィアの手をつかんでいた。
オーガストの目の前で、リリスは指をくるくる回しながら何か呪文を詠唱しているような。ただ、愚かな少年を馬鹿にしているような蠱惑的な笑みで浮遊している。
気付けば、さっきまであんなに放してと叫んでいたソフィアも、床にひざをついてダラリと力なかった。
「うそ……ソフィ……」
背後を振り返ったオーガストの肩から腹の方へ、ドッ、と重たい音が突き抜ける。
地下5階。オーガスト隊の全滅の瞬間は、あまりにあっけなく訪れた。
静かになった部屋に、ペタ、パタと独特な音を響かせて何かがむかってくる。やがて戸口からヒョコっとのぞいたのは、派手な二本の羽根飾りだった。
「やー、管理者。勝ったよー!」
おしゃべり禁止の時間が終わり、リリスは嬉しそうに小柄な骨の面に両手を振る。
「はーい、みんなお疲れー。差し入れのスポドリどうぞ」
カサカサと音がする白い袋に、ガラスにしてはずいぶん薄い容器が入っている。
「嬉しいー、ノドからから」
「うっそだー、リリちゃん全然疲れてないくせにー」
生き残っていたピクシーがそう言うと、あは、バレた? とリリスは舌を出す。
「はい、キミらもお疲れ。蘇生だよ」
管理者が、部屋の隅で倒れていた2匹のピクシーの前で両手をかざすと、まるで背後から見えない糸で引っ張られたかのような不自然な挙動で起き上がる。
「蘇生ありがと」
「リザありー」
2匹はワタシたちもくださーいと、差し入れの飲み物を取りに走る。
さてと、と冒険者たちの前に進んだ管理者は、その骸の前で短く手を合わせる。最近知った「あっち」の風習だが、何だか気に入ってしまって、死体を見るとついやってしまう。
「リリスは部屋を汚さないように気をつけてくれるから、オイラ好きさぁ」
管理者がスッと手を上げると、わずかな血だまりがあっというまに消え去り、オーガストが衝突した時に欠けた石畳みも元に戻る。
「まぁ、今日のはあまりに実力差ありすぎだったからね。どうしてこんな子たちがここまで降りてきちゃったのよ。リリス、弱い者イジメは嫌いだよ」
んー、と管理者は肩をすくめる。
「実力に対して、防具と武器が良すぎたねぇ。その上、ちょいと調子に乗りすぎたな。これに懲りて冒険者辞めるか、一皮ムケっかは、こいつら次第だ。長い目で見守ってやってくれよ」
「まぁ、仕事だからやるけどさぁ。10階までに当たると、力の制限もハンパ無いし、ピクシーちゃんたちも大変だわ」
悪いねと、ペコペコ謝る管理者に、悪魔系モンスターたちは「りょーかーい」と軽く返事をして、部屋から出ていく。
中間管理職の辛さを噛みしめた管理者は、ローブから鍵束を取り出すと、ダンジョンの何もない石壁に向かってその一本をブスッと突き刺す。
すると、ドアの形に壁が光り、その輝きが消えると本当に扉が現れていた。
無造作に扉を開いた管理者は、見た目に似合わぬ力で3人の冒険者をポイポイと扉の中へ放り込んで、自身もその中へ入り、ドアを閉める。
扉の先は、ダンジョン入り口の部屋に繋がっていた。
「さーて、オマエらも蘇生だよ。残念ながら今回の取得アイテムは全部回収。さらに所持金の半額もいただきマス……ってシケてやがるな。これじゃ第三のビールも買えねぇよ」
文句を言いながら銅貨一枚までキッチリせしめると、ゲーム業界でいうHP1の状態に蘇生した3人は、次々と扉の外へふわふわ浮いて移動する。
「じゃあな、若者たち。できればこれに懲りず、戻ってこいよ」
おまえたちのリベンジ待ってるぜと、親指を立てた管理者は、ペタ、パタと迷宮の闇へ消えていった。




