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序章
世界に、一本の巨大な木が出現した。茶色く太い幹には青々と葉が茂り、天まで届きそうなほど高く、子供たちが両手を広げて抱き着けるほど太い木だ。冬になっても、その木は相変わらず無害そうな顔をして、ただそこに佇んでいる。
その木が実を宿すことは無い。それは、多くの科学的研究によって裏付けられた事実であり、実際、超高性能カメラにも果実なんてものは映らない。しかし、その木を見上げて、とある科学者はこう言った。
私は科学者だから、この木には花すら咲かないことを知っている。けれど、あぁ、これほどまでに美しい実りを、私は知らない。
曰く、その木は集団幻覚を起こす物質を放出している。
曰く、その木は人間を選定している。
曰く、その木には――本が、成っている。
それは、ある夏の日の出来事だった。あの夏の日、その木の実がはじけた刹那から、この物語は幕を上げる。