26話 魔弾の射手
魔王軍の急襲、完全に初動を制された人族軍は圧倒的に不利な立場に追い込まれていた。
実力のある魔導士は全て遺跡の奥で調査を行っており、開戦直後には戦線へ出られない。
人数だけで見ればそれ程差はないが、お互いの被害を見ればその差は一目瞭然。
しかし、現在戦線に出ている兵士たちは腐っても多くの場数を踏んできたベテラン達である。
魔族との戦いの経験も一度や二度ではなく、それなりに対策は持っている。
だが今彼らにとっての最大の脅威は、魔族ではなかった。
魔物とも『加護持ち』とも違う、見た事のない異形の怪物。
刃を噛み砕き、矢を飲み込み、兵士達の命を喰らう。
「何なんだアイツは!? 人間じゃない!」
「鎧が役に立たない! アイツに近づくな!」
「前線を下げるなッ! 何としても遺跡を守り抜け!」
「浄化隊、被害増加! 浄化が間に合いません!」
戦場での流れを決定付ける大きな要因は兵士達の士気である。
急襲による指揮系統の混乱、被害の差、そして未知の怪物。そのどれもが兵士達の戦意と士気を確実に削いでゆく。
逃げ腰の兵士と戦意に溢れた兵士の戦いでは結果は目に見えており、士気低下による被害の拡大は更なる士気低下を引き起こしてゆく。
「進めぇ! 浄化隊を殲滅しろ!!」
『おおおおおおっ!!』
前線を蹴散らしながら破軍隊が猛然と駆ける。
蠱惑隊に魔力制圧の分がある現状、戦場は濁った魔力の割合が増加しており両軍の戦力差は更に拡大していた。
破軍隊の先陣を切るのは異形の怪物クロード。
立ち塞がる兵士を右腕の【喰らい断つ者】で斬り伏せ、左腕の【喰らう者】で喰い荒らす。
人族軍の生命線である浄化隊が目前に迫る。
魔力の浄化を可能とする浄化隊を全滅させれば魔王軍の勝利は時間の問題、絶好の好機を逃すまいと破軍隊が猛攻を仕掛けようとした時だった。
先頭をひた走るクロードの第六感とでも言うべき“何か”がスパークした。
(何だ……? なにかマズい!)
根拠のない予感、しかし予感より確かな本能。
全速力で駆ける足が急ブレーキをかけ、クロードの身体は背後から迫る魔物達にあっという間に追い抜かれる。
刹那、周囲一帯を閃光が包んだ。
目晦ましか? という兵士達の思考を追い抜くように響く風切り音。
一秒にも満たない閃光が晴れた時――
「なっ……!?」
彼らは異常事態に気付いた。
周囲の仲間達の肉体に風穴が開いている。
ある者は胸、ある者は頭、どれも致命傷となる箇所に開いた穴。
そしてそれは自分とて例外ではなかった。ダメージを知覚すると同時に彼らの意識は二度と戻らぬ深淵へと引きずり込まれていく。
「申し訳ない、遅くなりました」
兵士達の士気が下がるのは「自分達の勝機が失われていく」という事実を認識してしまうからだ。
ならば、その失われた筈の勝機が再び己の手に戻ってくれば。
「もう心配しなくて大丈夫。僕が来ましたから」
『えっ……エルヴィス様ぁぁぁぁっ!!』
人族軍兵士達の士気が一気に沸騰する。
浄化隊の背後、クオリア遺跡の入り口から現れた男。
色白の肌、細身の肉体、そして特徴的な尖った耳。
エルフと呼ばれる種族である、『エルヴィス』と呼ばれた男は兵士たちに向かって微笑みを返した。
「……ん?」
倒れた魔物達を踏み台に、一つの人影がエルヴィスに飛び掛かる。
「【喰らい断つ者】ッ!!」
周囲の兵士達の高揚、そして何よりも無数の魔物達を一瞬のうちに屠り去った事実。クロードはエルヴィスが『加護持ち』である事を確信していた。
(此処で仕留める!)
クロードはたった一人で戦況を覆す『加護持ち』に対して様子見は悪手と踏んだ。
先手を取った黒刃が迫る中、エルヴィスは空に向かって弓を引くような動作を取る。
「射殺せ、【神弓】」
一見丸腰にしか見えないエルヴィスが射撃姿勢を取った瞬間、眩い閃光が彼の手先に集う。
白い光は次第に形を成し、純白の長弓へと変貌した。
弓に番えられたのは普通の矢ではない、眩く輝く光の矢。
目にも止まらぬ鮮やかな動作で光矢がクロードの右腕から伸びる刃へと放たれる。
ガァンッ!!
(重っ……!?)
大きな衝突音と共にクロードの身体が後方へと跳ね飛ばされる。
何とか受け身を取るが、エルヴィスとの距離は離されてしまった。
「っ……!!」
「驚いた、【神弓】が弾かれる強度とは……」
エルヴィスが物珍しそうな表情でクロードに視線を向ける。
「君は……人間かい? どうして人間が魔王軍に――」
「【喰らい穿つ者】ッ!」
エルヴィスの問い掛けに答えることなく、クロードが左腕の【喰らう者】を開口させる。
前方のエルフに向け、貪食の牙を放とうとした時だった。
左肩に伝わる衝撃、そして直後に襲い来る激痛。
「ぐっ……ああああああ!?」
左腕が力なくだらんと垂れ下がる。
痛みの元を見てみれば、左肩に開いた穴からドクドクと深紅の血液が溢れ出していた。
凶器は直ぐに分かる。先ほど確かに上空へと弾いた筈の光矢が目の前の地面に深々と突き刺さっている。
これがクロードの左肩を後ろから貫いたのだ。
「【神弓】からは逃れられない。人間の君がどうして魔王軍に属しているのかは知らないが……僕たち人族に仇なすというのなら片付けるまでだ」
突き刺さった光矢が淡い光となって消えていく。
神経がやられたのか、使い物にならなくなった左腕を携えてクロードが立ち上がる。
(これが……『加護持ち』!)
先手を取ったはずの攻撃は容易く弾き返され、自分は重傷を負いながらも相手は未だ無傷。
しかし、神の恩寵を受けし者の絶対的な戦力を目にして尚、クロードの意志は折れない。
「上等だ……お前たちの力が“神の愛”だと言うなら……全部喰らって糧にしてやる!!」
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