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23話 夜の密会

 正式に破軍隊に配属されて暫く経っても、普段の生活に大きな変化は無かった。


 軍と言っても毎日何処かに攻め込み、戦闘をするわけではない。

 任務が言い渡されるまでは新兵の頃と同じように訓練をこなす日々が続く。


 当然内容はハードになり、模擬戦の相手も新米から実戦経験のある兵士に変化する為クロードは毎日満身創痍で訓練を終えていた。

 勿論自主鍛錬も継続している。


 唯一変わった事と言えば、夜の自主鍛錬に毎回メルトが着いてくるようになった事だろうか。


 許可を取り、兵舎を出るといつもメルトが待っている。


「今日もする?」

「毎日聞くな」


 素っ気なく返事をしてクロードが走り出す。

 メルトはクロードを追いかけるわけでもなく、その場に腰を下ろした。

 これは二人の間での「トレーニングを見ていて良い代わりに邪魔をしない」という約束の形だ。


 走り込み中は一周して帰ってくる数秒だけしかメルトはクロードを観察できないが、それに対して何か文句を言うことは無い。

 毎日代わり映えしない光景だが、メルトは実に面白そうだった。


 数時間後、クロードが限界を迎えて倒れ伏す。


「【無相の癒し(クラナーレ)】」


 慣れた手つきでメルトがクロードに癒しの吐息を吹き掛ける。

 これも毎日の流れである。


 クロードから頼んだ訳では無くメルトが一方的に申し出た事ではあるが、断る理由もない。


 クロードが起き上がると、いつものようにメルトが階段に腰を下ろし、隣をとんとんと叩いた。


「今日も距離が伸びてる」

「どれくらいだ」

「二周分かな」

「そうか」


 メルトとクロードの間に特別な会話は何も無い。

 じっと夜風を感じる時間の方が長いほどに。


 しかし二人は共にそれを気まずく思うことは無かった。

 メルトはクロードを観察出来ればそれで良く、クロードは鍛錬の邪魔さえされなければ彼女を気にすることも無い。


 時たまに思いついたようにぽつぽつと会話をするたけである。


「ほんとに毎日更新してる、凄いね」

「……これじゃ全く足りない」


 己の気力と体力が尽きるまでの鍛錬は日を増す事に少しずつ、しかし確実に記録を伸ばしていた。

 体力、筋力、持久力共に入団当初に比べれば飛躍的に伸びている。


 だが、それでもまだ魔族には届かない。

 それ程に高く、分厚い種族の壁。

 そしてクロードが辿り着かなければならないのはその壁の更に奥。


「人間レベルでどれだけ強くなっても意味が無い」


 確かに現在のクロードであれば一般人相手に苦戦することはないだろう。

 しかしそれはあくまで一般人の話。


「普通の人間と加護持ち(ギフテッド)の間には絶対的な差がある」

「……「神に愛されているか」だっけ?」


 魔法を超えた神の加護、たった一人が絶望的な戦力差を覆してしまうほどの圧倒的な力。


 人族が魔王軍に抵抗する切り札である『加護持ち(ギフテッド)』は神に愛されし者であり、故に我々は神に味方されているのだと人々は語る。


 莫大な数の“神の愛”を持つ勇者(エリオット)が救世主だと讃え、崇められるのはこれが原因である。


「それでもあなたは勇者を殺そうとしている」


 メルトが呟く。


「……あぁ」

「勇者との差はあなたが一番分かっているのに?」

「神の愛だか知らないが、あの勇者(げどう)を愛する神なんてこちらから願い下げだ」


 そう吐き捨てるクロードだったが、その顔には勇者への怒りとは別の苛立ちが現れていた。


「何か思う事がありそうね」


 静かに見つめるメルトの蒼い眼。

 クロードが時折感情を覗かせる時、彼女はいつもこの目をする。

  「あなたの“意思”を私に聞かせて」と語りかけてくるような目だ。


 クロードはこの目が苦手だった。

 敵意や悪意ではなく、「あなたを知りたい」という一心。

 目は口ほどに物を言うとはよく言ったものである。

 嘲笑や罵倒には慣れきったクロードも、メルトのこの目にだけはどうしても慣れる事が出来なかった。


 一つ溜息を吐いてクロードが観念したように話し始める。


「……ヴァーク様に挨拶をした時に言われた事が気に掛かってる」


『その力はお前の武器だ。 あらゆる手を使いその技を磨け、そうすればお前の望み――勇者の喉を喰い破る事も出来る』


 ヴァークの言葉は的確だった。


 加護を持たないクロードが勇者(エリオット)に打ち勝ち得る唯一の可能性。

 神によって与えられるのではなく、全てを喰らい復讐へと突き進む己の意志の象徴として発現した異形の力――【喰らう者(ディヴァ)


 人族とも魔族とも違うイレギュラーこそがクロードの復讐を叶え得る切り札である。


 しかし、クロードは【喰らう者(ディヴァ)】を完全に使いこなせているわけでは無かった。

 元は己の意志の発現の為ある程度は本能的に取り扱えるものの、この力を完全に掌握しなければその牙は勇者には届かない。


 だがそれには実戦経験が余りにも不足している。

 生物に対して振るえばその命を喰らい尽くしてしまう【喰らう者(ディヴァ)】は訓練では当然使えず、クロードは歯痒い思いをしていた。


「この力を磨くには、本当の生死を賭ける戦いが必要になる」


 本隊への所属となっても中々戦場へ出られない苛立ちがクロードの表情の原因だった。


 一通りクロードの話を聞き終わったメルトは満足そうな笑みを浮かべる。

 この笑みもまた、クロードが苦手なものであった。


「ニヤニヤするな」

「ふふ、ごめん。 でもその希望、もうすぐ叶うかもよ」

「……何?」

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