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16話 猜疑心の向かう先

 どれほど時間が経っただろうか。


 こじつけた疑念で隣の人間を殺し、それでも収まらない猜疑心は自分以外の人間全てを「裏切り者」として見せていた。


 川辺に集まった村民が殺し合い、黄色の川に赤黒い色が混じり続けるその光景は地獄そのものだった。

 集団の中で動く影が半分になり、両手で、片手で数えられる数に、そして残った一人の村民。


 全身に傷を負い、血に塗れた男はやり遂げたような表情でエルドの元へと向かう。


「エルド様……これで、裏切り者は……死にました……」

「そうか……良くやってくれた。傷の手当をしよう」


 男の勇敢さを称え、笑みを浮かべながらエルドが手招く。

 よろめきながらも何とか男がエルドの元へと辿り着き、その場に座り込んだ。


「どれ、傷をよく見せてくれ」

「ありがとうございま……」


 ザクッ!


 男が患部を見せようと背中を見せた時だった。


 エルドの懐から取り出された短刀が男の首筋に突き刺さる。


「がっ……!? え、るど、さま……!?」

「ワシは騙されんぞッ!! これほど簡単に人を殺す貴様こそ裏切り者に違いないッ!!」


 鬼の形相を浮かべながら更に深く短刀を抉り込む。


「よくもッ!よくもッ!死んで詫びろッ!!」


 藻掻く男の動きも傷口から吹き出す血の勢いが弱まるにつれて微かに痙攣を繰り返すのみになり……ついにぴくりとも動かなくなった。


 男が冷たくなったのを確認したエルドが短刀を引き抜く。

 遂に、その場に居る生者はエルド一人となった。


「ふ……ふふ……ふふははは!!! やった! やったぞ!! これで呪いは解ける!!」


 静まり返った川辺に歓喜の叫びが響き渡る。


 例え川が元に戻ったとしてもエルド以外の人間が消えた村で彼が一人生きていける訳も無いのだが、そんな簡単なことすら思い浮かばないほどエルドの思考は壊れきっていた。


 ふと、高笑いを繰り返すエルドの耳が異音を捉えた。


 血溜まりを歩く音、まだ自分以外の生き残りが居たのかと殺意の篭った目で音のする方向を向く。


「やぁ、エルドさん」

「く、クロ様!?」


 見間違うはずもない、数日前に去ったはずの救世主……占星術師クロがそこに居た。


「呪いを原因となった裏切り者は死にました!! これで川は元に戻りますよね!?」

「…………」


 縋るような顔で跪くエルドを見据えるクロ……否、クロードはエルドの知る穏やかな笑みを浮かべる青年ではなかった。


 暗く、冷たい瞳。眼前に広がる地獄絵図など目に入っていないかのような静かな表情。


「クロ様……? 何か言ってくだされ、「これで呪いは解けました」と……そう言ってくだされ」

「すまない」


 唐突な謝罪の言葉に思考が止まる。


「ここまで迅速に、凄惨に事が運ぶとは思わなかった」

「クロ様、一体何を……」


 疑問を口にしかけた時、再びエルドの耳が異音を捉える。


 ベリベリと何かが裂けるような音。その音の原因を探るより前にクロードの右腕が黒く染まり、大きく上下に裂けた。

 漆黒の怪物が口を開いているような異形の姿にエルドは直感で理解する。


 自分が盲信していた占星術師……この怪物こそが全ての元凶であると。


 理性の崩壊と共に、無意識で短刀を構えクロードへと突進する。


「うああああああああああ!!!!!!」

「……【喰らう者(ディヴァ)】」


 …………

 ………

 ……

 …


 全ての生命が消え失せ、夥しい惨劇の跡だけが残された村の中心部にクロードは居た。


 軽く息を吸い込み、全身に【喰らう者(ディヴァ)】を開く。

 腕、足、胴体、頭部に開かれた無数の口が虚空に向けて大きく開口する。


「【喰らい穢す者(ディヴァ・ティンザ)】」


 口内から薄紫色の霧のようなものが猛烈な勢いで噴射される。


 クロードが霊峰、そして魔族領地内で蓄えた濁った魔力、それが霧の正体である。

 噴射された魔力はたちどころに廃墟と化した村を覆い、元にあった清浄な魔力を蝕んでゆく。

 クロードを止めるものはなく、数分後には完全に汚染が完了した。


「…………」


 人族が立ち入れないようになった廃村を眺めながらクロードはかつての故郷を思い返していた。

 一夜にして滅びた故郷、あの勇者(げどう)達の生み出したかつての景色と全く同じ物を自分の手で作り上げたのだ。


 ――俺と勇者で、何が違う?


 クロードの心中に滾る黒炎の奥、微かに残った理性が冷たく問いかける。


 魔王軍へと入団する為、冷徹にこの村の崩壊を導いてきた。

 だが、この凄惨たる結果はあくまでもクロードの個人的な目的によるものである。


 自分がやった事は奴らと同じでは無いのか?


 無感情な瞳で虚空を眺めるクロードの頬に、一筋の熱い雫が流れ落ちた。


「……俺は、泣いてるのか」


 何て自分勝手な奴だ、と自嘲する。


 ――自分の計画が思う通りに進んだ時にお前は笑みを浮かべただろう。

 ――いざ自分の手で人を殺して安っぽい罪悪感にでも目覚めたのか。

 ――罪の無い人々を騙し、猜疑心を煽り、殺した癖に。

 ――偽善者め、お前はあの勇者(外道)と同類だ。


 過去のクロード自身の声が聞こえる。


 しかしその涙も【喰らう者(ディヴァ)】の中へと滑り落ちていった。

 “意志”の邪魔になる人間らしさすら喰らい尽くすように。


 もう後には引けない。

 自分が魔道に堕ちようとも外道を殺す。それが彼自身の決めた意志なのだから。


「人間としてのクロードは死んだ。俺は……魔王軍のクロードだ」


 迷うな、悔やむな、進み続けろ。

 既に一線は超えた、数多の犠牲と苦痛の先にのみ復讐は成る。


 涙の跡が乾いてゆく。

 過去の自分を消し去るように、クロードは霧の奥へと消えていった。

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