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11話 占星術師

 まだ日が高い時間、辺境の村を治める村長の屋敷。


 さんさんと照る太陽の下で汗水を垂らしながら懸命に働く村人を村長は眺めていた。


(良かった……皆の不安も少し和らいできておる)


 つい最近兼ねてから交流のあった村が魔物に襲われ、滅びたという話を聞いた時は村全体が強い不安に覆われていた。

 しかし屈強な若者達が毎日村の周りを警備し、辺りに魔物の影が見えない事を確認する内に段々とこの村は日常を取り戻しつつある。


「しかし……どうしたものか」


 誰に言うでもなく独りごちる。

 目下彼を悩ませていたのは魔物とは違う問題であった。


 独り溜息を吐く村長の耳に、戸口を叩く音が響く。


「はいはい……誰かね?」


 警備の定期連絡だろうか、それにしては時間が早い……と考えながら扉を開けた先に居たのは、彼の予想の誰でもなかった。


 藍色の衣服に身を包み、にこやかにこちらに微笑みかける青年。

 しかし衣服の至る所は破れ、泥まみれになっており、青年の肌にも無数の切り傷が付いている。


「突然すいません。付近で馬車が魔物に襲われ、こちらの村に何とか辿り着いた所村長の家を尋ねるように勧められまして」

「おぉ……それは不運な事です。どうぞお入りください」


 青年を居間に通し、茶を入れる。

「何か手伝いましょうか」という彼の申し出はありがたかったが、怪我人に無理はさせられない。


「熱いですぞ」

「ありがとうございます。 申し遅れました、私はクロと申します」

「あぁ、ワシはこの村の村長のエルドです。見ての通り何も無い所ですが傷が癒えるまでゆっくりして行かれると良い」


 カップの茶を飲みながらクロと名乗った青年を観察する。

 旅人と言うには余りに動きにくそうな格好だというのがエルドの感想だった。


「気になりますか」

「えっ? はは、すいませんジロジロと。 旅人の方にしては珍しい格好をしておられますな」

「この衣装は儀礼用の物ですので」

「儀礼用?」

「占星術を研究していましてね。この辺りに勇者様がいらっしゃったと聞いて、何かお手伝い出来ればとやってきたのですが……少し遅かったようです」


 そう言ってクロはバツが悪そうに笑う。


「そうだ、休ませて頂いたお礼としてエルドさんも私の占星術を受けてみませんか?」

「ほう……」


 正直占いというものにエルドは関心を持っていなかった。

 しかし人の良さそうな青年が善意で申し出てくれている以上、断るのも忍びなかった。


「折角ですし、お願いしましょうか」

「分かりました、では……」


 クロが懐から小石を取り出し、テーブルの上に広げる。

 真剣な表情で小石を掻き回し、並べ、また掻き回す。

 妙な占いもあるものだ、と苦笑いしていた時だった。


「エルドさん、貴方は誰にも言えない秘密がありますね」

「えっ……」

「赤い色が見えます。貴方の秘密は赤色に関係している」


 エルドの肌に汗が伝う。

 少し前に一人の村民の農具を不注意で壊してしまった時、誰にも見られないようにこっそりと村の木の根元に埋めたことがあった。


(た、確か埋めたのはリンゴの木の下……赤色、まさか……!)

「そして貴方は人から嫌われたくないと思っている。だから隠し事をする」

(そ、そうだ……だから農具を埋めた)

「しかし、貴方は心のどこかで自分を批判する時もありますね?」

(確かに……勢いであんな事をしてしまったが、あれは間違った行いだった。新品とすり替えておいたが、それで解決する事じゃない……)


 ぴたりと心の奥に仕舞い込んだ秘密を言い当てられる。

 唖然とするエルドを他所に、クロは穏やかな笑みを浮かべながら答え合わせを希望する。


「どうでしょう、当たってますかね?」

「え、えぇ……凄い……」


 満足そうに小石を懐へと戻しながら、クロがエルドの目を覗く。


「エルドさん。 今、何か大きな悩みを抱えていますね? それも直ぐに解決出来るような簡単な悩みではない」

「そ、それは……」

「占星術はただ事実を見るだけではなく、その後の運命に抗う術を見るもの。 教えて頂ければ何かお役に立てるかも知れません」


 慈愛の眼差しを向けるクロに対し、エルドの心は揺れていた。

 今さっき出会ったような青年にこのような相談をしてよいのか……しかし、自分しか知りえない秘密を言い当てた彼の占星術は本物だとエルドは確信していた。


(……このまま進展がないよりは)


 決心を固めたようにエルドが語り始める。


「……実はここ数日、村の生活用水が得られないのです」

「なるほど、水が……村の井戸が枯れたんですか?」

「いえ、井戸が枯れること自体は珍しい事ではありません。 天候などで枯れることがあってもひと月もすれば元に戻ります」

「では何が問題で?」


 エルドは席を立ち、戸棚から小さな瓶を取り出してテーブルの上に置いた。

 中には水が入っているようだったが、その水は仄かに黄色く濁っている。


「井戸が使えない時期は村の近くの川から村民達が生活用水を汲むのですが……数日ほど前から突然川の水が濁り出したのです。 口にしたものは病に倒れ、飲み水も貯蓄を慎重に切り崩さねばなりません」

「ふむ……」

「川の水が使えなければ、商人も来ないこのような辺境の村は乾季を越えられません……」


 クロは小瓶を自身の前に置き、再び取り出した小石を囲むように並べ始める。

 何回か小石を並べ直し、じっと瓶を眺めるその姿をエルドは固唾を飲んで眺めていた。


「い、如何ですか」

「これは……私だけの力では難しいかも知れませんね」

「えっ……」

「これは呪いです。 犯人は精霊か水の神か……とにかく大いなる力。 呪いの元凶を解かなければ水は元に戻らないでしょう」

「そんな!?」


 難しい顔をしてそう告げるクロに縋るようにエルドが頼み込む。


「呪いとは一体……貴方の占星術で詳しい事は分からないのですか!?」

「……動物が見えます。 この村で最近、生き物を傷つけた人は居ませんか?」

「動物を? いえ、そのよう者は……」

「必ず居るはずです、良く思い出してください」


 エルドは記憶を辿る。


「そう言えば……何日か前に病に掛かった家畜を処分した者が居ます」

「なるほど、それが原因かは分かりませんがやってみる価値はあるでしょう」

「呪いを解く方法があるのですか!」

「殺した家畜の墓を作り、食べ物を備えて祈ると良いでしょう。 心の底から詫び、悔い改めるんです」

「わ、分かりました! 今すぐに準備しましょう!」


 そう言ってエルドは屋敷を飛び出して行く。

 部屋に残された占星術師クロ……否、クロードはそれを見て一人、ニヤリと口角を歪めた。

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