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1話 降りかかる絶望

 むせ返る程の絶望の香り。

 不安や焦燥といった曖昧な感情を容易に包み込む絶対的で、そして余りに残酷な現実。


「母さん!父さん!シャロン!返事をしてくれ!!」


 かろうじて原型を残した人型に一人の青年が悲痛な呼び掛けを続ける。


 周囲に満ちるのは熱気と焦げ付いた匂い、そして死臭。殆どの家屋は既に焼け落ち、僅かに残ったものも修復不可能な程に崩壊していた。


「あれー? 勇者さまぁ、まだ生き残りが居るみたいですよぉ?」


「なんだ、結界の外に出てたやつが居たのか」


 絢爛豪華な鎧に身を包んだ優男に媚びるような口調で少女が擦り寄る。

 その少女は娼婦と見紛う程に露出の多い服、そして過度に丈の短いミニスカートを身に纏い、隣の男に対して色目を隠そうともしない。


「……なんで」

「うん?」

「なんで、こんな事を……」


 震える声で青年が問いかけると、優男はキザったらしく前髪を掻き上げ、悪びれもせずに答える。


「だってさぁ、勇者に向かって『お前のような人間に宝珠は渡せない』とか抜かすんだよ? それって世界を救う救世主に対して最大の侮辱じゃん」

「ほんと、失礼しちゃいますよねぇ。でもルナは勇者さまの魅力、ちゃーんと分かってますからねぇ?」

「嬉しいなぁ、いい仲間を持ったよ俺は」

「やん♥ 勇者さまったらだいたぁん!」


 少女の臀部を撫で回し、優男がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる。


 刹那、青年が懐から取り出した短刀を手に優男へ飛びかかる――


「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「ばーか」


 青年の決死の特攻も虚しく優男の裏拳が青年の頬を鋭く打ち抜く。

 勇者と呼ばれるこの男にとっては軽く振り払うような動作も一般人に過ぎない青年に与えるダメージとしては十分すぎた。


 吹き飛ばされ、崩壊した家屋の壁面に叩き付けられる。


「がはっ……!」

「何? もしかして不意打ちなら勝てるとでも思っちゃった?」

「勇者さまはそもそもあんた達凡人とは格が違うのよ、だから魔王討伐っていう大任を任せられてるんだから」


 背中を強く打ったせいか肺が空気を取り込まない。

 ぼやける視界の端に新たに二人の人影が映る。


「こっちは終わったぜ」

「あら、この方は生き残りでしょうか?」


 白いローブを身に纏い、大きな杖を携えたシスターのような女性、そして巨大な剣と重厚な鎧で武装したスキンヘッドの大男。


 女性のローブは大部分が赤く染まっており、大男の持つ剣にはつい先程『何か』を斬り裂いたであろう鮮血がこびり付いていた。


 青年は悟る、きっと自分以外の人間は全て殺されたのだと。


「コイツがさっき不意打ちで俺の事刺そうとしてきてさ、二人はどう思う?」

「まぁ、この世界の救世主である勇者様に対して何という無礼者でしょうか」

「しっかり分を弁えさせねぇとダメだと思うね俺ぁ。……こんな風に!」


 大男が青年の首を鷲掴み、地面に叩きつける。

 2度目の衝撃に意識を手放しかける青年にそんな事は許さんと言わんばかりに大男は馬乗りになり、頬を殴打する。

 石で殴りつける様な重い打撃が顔面に一発、二発、三発、四発……


 それなりに端正な顔立ちであった青年の顔が見るに堪えないほど腫れ上がるのにそう時間は掛からなかった。


「ほら、ほら、ほら! 泣いて!詫びろ!」

「……に……うしゃ……だ」

「あん?」

「なに……が……勇者……だ……」


 口や鼻から血を流しながらも、青年は決して詫びなかった。腫れ上がった瞼の間から勇者と呼ばれる優男を睨みつける。


「絶対……に……絶対……に……許さ……ない」

「ははっ、おーこわ」

「そんなぶっさいくな顔で凄まれても面白いだけなんですどぉ? きゃはは!」


 馬鹿にしたように四人から笑い声が上がる。


「コイツ俺の事許さないってさ、どうしたらいいと思う?」

「うふふ、それは恐ろしいですね。なら憂いをしっかりと断たねばなりません」


 そう言うと女性がブツブツと呪文を唱え始め、それに反応するように他の三人が距離を取る。


「【悪魔の唾液(イブリス・ディポルタ)】」


 女性がかざした手の先に紫色の魔法陣が現れる、その存在を認知すると同時に青年に向かって霧状の煙が吹き出した。


 明らかにマズい、本能的に悟りはしたものの満身創痍の身体で回避は間に合わず煙をモロに吸い込んでしまう。その瞬間、全身に耐え難い激痛が走る。


「がっ……!? ぐぅ、あっ……う……!」

「うふふ、随分と苦しそうですね? これは低級の毒魔法ですが今の貴方なら……一時間程で死に至るでしょう。その間己の無礼を悔やみ続けなさい」


 全身の神経をヤスリで擦られるような激痛、口腔からは鮮血が飛び出し発狂しそうな程の苦痛が絶え間なく襲い掛かる。


「はは、相変わらずエグいなぁ」

「しかしこの村を放っておいて大丈夫なのかよ?」

「んー、まぁ魔物に襲われて滅びた村なんて無数にあるしね。 後で適当に報告しておけば王国軍が宝珠も探してくれるでしょ」

「さっすが勇者さま、頭良い〜♥」


 苦痛に喘ぐ気力も尽きかけてきた頃、優男がニヤニヤと笑みを浮かべながら青年の頭を踏みつけた。


「一応聞いておくけど、”祈願の宝珠”は何処?」

「…………」

「正直に言えば楽に死なせてあげるけど」

「……くた、ばれ、ゴミ虫……共」


 優男が青年の腹部を全力で蹴りあげる。


「はぁ、もういいや。最期にいい事教えてあげるよ」

「……?」

「君の妹、歳の割に結構いいカラダしてたよ。君もあの世でヤらせてもらえば?」

「……!! ぐっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

「あははははは!じゃあねー!」


 青年の咆哮を背に、勇者達は惨劇の跡地を去る。

 この日、地図からひとつの村が消えた。


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