第七十二話 待ち人来たらず
「緊張してきた……」
「先生も緊張することあるんですね?」
「普段はそんなにしないけど、今日はさすがに」
今日の依頼主はアイン=ソフォール。【セフィロト】のクランマスターだ。
クラマスとはいえ同じプレイヤーだし、同じクランに入っているわけでもないから当然上下関係とかがあるわけではないんだけど、それでも緊張するものは緊張する。
一応、これまでもクランマスターの武器を作ったことはある。【家具大隊】のバスタブ=アドルフとか、【アリスフィア歌撃団】のアリア=リューエとか。
家具大隊とアリスフィア歌撃団。どちらも超有名クランらしいけど、少数精鋭かつクセの強いメンバーをまとめ上げているセフィロトのクランマスターに関しては、プレイヤーたちの間でも見たことがある人間は少ないらしく、どこか別格な雰囲気がある。
まさにミステリアス。その上結構な気分屋らしく、コミュニケーション弱者の私には荷が重いな……なんて思っている間にも時間は進み、気づけば約束の時間になっていた。
「んー……どうしよう。シダちょっともふらせて」
「え!?」
緊張で欠乏したシダ成分を補給するべく、後ろから抱きついて髪をわしゃわしゃする。
心が癒えていく……これなら今日も頑張れそう。
「邪魔するぞ」
そんな声と共にいきなりドアが開いてカトレアが現れた。
監視されてた……? と思ったけどカトレアの様子を見る限りそういうわけでもないようで、ドアを開けた姿勢のまま硬直している。
店内がまるで時間が停まったかのような静寂に包まれ、私がシダの頭を撫でる音だけがやけに大きく聞こえた。
「お、お姉ちゃん……」
「……あー……いらっしゃいませ?」
「そこに直れ。出来るだけ苦しむように介錯してやる」
介錯とは真逆のことやろうとしてない?
――――――――
暴れ出したカトレアをなだめること十数分、ようやく落ち着いて話の通じる状態になった。
弓の攻撃を食らって死にかけたりしたけどシダが過剰なくらいに回復してくれたので命は繋いだ。
「で、今日はどうしたの?」
肩に刺さった矢を抜きながらカトレアに聞く。事前の話ではカトレアはユニーク素材をアクセサリーに使う予定だと聞いていたけど、考えが変わったのかな。
「……アインの代理で来たんだ。捕まらなくてな」
「捕まらない?」
「アインには失踪癖がある。昨日から行方不明だ」
「えー……」
気分屋らしいとは聞いていたけど、まさかそこまでとは思わなかった。目撃情報が少ないのもそういうことか。
「まあ、素材さえあれば作れるんだろ。一応素材だけは預かってる……というかログインしたら私の部屋に置かれてたんだが……なんでいつも私なんだ……」
小さく愚痴りつつ、カトレアはインベントリからアイテムを取り出して机に置く。
透明の球体を中心に、いくつかの歯車が組み合ったような見た目の素材だ。大きさはかなり小さく、両手で握れば完全に覆えてしまうくらいだ。
「『統機の炉心』。アインが手に入れたユニーク素材だ」
「これが……なんか小さくない?」
「そうか? 私のも大体同じサイズだったし、ヘルメスは針みたいな素材だったが」
結構差があるらしい。ガルヴァドが持ってきた烟鏡鋼は金属素材としてベースのように使うから大きかったのかな。
まあ見た目的に分解して使いたいものでもないし小さいのは武器に使う素材としては好都合か。
統機の炉心のUNIT画面を開くと、予想通り[真化]が使えるようだった。
前回の「統機の烟鏡鋼」では、付与できる特殊効果は[融解]というものだったけど、今回の素材は――[統機]。ユニークモンスターの二つ名と完全に同じだ。
――――
[統機]
UNITとの適合力が極めて高く、装備全体に使用されたUNITの種類数に応じて一時的に武器の力を引き上げることのできる『汪溢』を発動することができる。
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説明は前回よりも結構具体的に書いてあった。物による?
とりあえず、この素材の固有効果はシンプルなバフっぽい。バフの効果量が『装備全体に使用されたUNITの種類数に応じて』と書かれているので、この辺をどう活かすかが腕の見せ所かな。
UNITは基本的に一つの素材に一つしか使えないし、全ての素材に使えるわけでもない。キャパシティの関係もあるので、見た目と性能を両立させながら全種類のUNITを設定するのは不可能だと思う。
それでも、工夫次第である程度はどうにかなると思う。
種類ごとに倍率が決まるので同じUNITは複数箇所に使わないようにしたり、それでいい感じの見た目になるようにしたり、なんかパズルみたいな感じだ。
「武器種とかSTRとかは分かる?」
「武器は直剣だ。STRは……レベル的に最低でも70はある。職業補正もあるから超えても問題ない」
「なるほど。まあガントレットでもSTR80だったし、直剣なら大丈夫だと思う」
今使っている武器の写真を見せてもらったりして、頭の中で設計図を組み立てる。
回転、振動、解放、暴走、冷却……なんとなくビジョンが出来てきた。
完全に方針が決まったわけではないけれど、こればっかりは作ってみないとどうしようもない。
使えそうな素材を引っ張り出して、私は二つ目のユニーク武器を作り始めた。
次は明日投稿します