第六十話 黒無垢
シンプルな武器はあまり書くことがないですね
まあこれ以降は新要素追加で一気に変わるんですけど……
忍刀というのは、字面で分かる通り忍者が使っていたとされる刀だ。
一般的な刀と比較して短く、反りの少ない直線的な形状をしているのが特徴で、本来は他にも鍔の形なり下緒の長さなり色々と特徴があったりするのだけど、ザクロが現時点で使っている武器を見る限りではその辺りは特に史実に準ずる必要もなさそうなので、短く直線的な刀という部分さえあれば作れそうに見える。
まあ、鍔とか下緒は隠密行動を行う際に重要になってくる部分なので、ゲーム的な「ニンジャ」にとっては必要のないものなのだろう。たいていのゲームで忍者は謎パワーで戦う高機動力紙装甲な火力職って感じだし。
ちなみにアリフラでは、忍術はMPと何らかのリソースを同時に消費することで発動できるらしい。例えば消費アイテムとしての手裏剣にMPで何かしらの効果を付与するみたいな感じで。
「さて……まあ、やることはシンプルなんだけど」
今回はメインで使う素材が決まっているので、考えることは少ない。
叢黒鉄珠はレア素材のようなので、今回は合金にはせずにそのまま使おうと思う。というか黒が強すぎて合金にしたところで相手を食いつぶしてしまいそうな気もする。
素材の量がギリギリなので、通常よりも素材を多く消費してしまうラーニングでの製造も行わない。
これは検証したわけではないけど、刀系の武器は叩いた回数に応じて性能が上がっているような気もするし。
というわけで叢黒鉄珠を金床に設置し、加工出力を上げて……
「全然変質しない……」
叢黒鉄珠は加工出力700を超えても全く変質する様子を見せず、850でようやく加工できる状態になった。
打ってみるとめちゃくちゃ硬い。ここまで硬いと刃物には適さない気もするけど……そこはゲームなので大丈夫なはず。
かなり長い時間叩いて形を作り終え、磨いて整えようとするが、黒い靄のせいで若干形が分かりづらい。
逐一手で触って確認して形をとることにしたが、誤って刃の先を触ってしまいダメージを受けてしまった。防御力皆無なのでいつか製作途中に死にかねないな……。
「いっそ、全部黒にするとか?」
ザクロの姿を見てみると、装備しているのは全て黒いものだったので、武器も黒くしたほうが統一感があっていいと思う。
というわけで、鍔を黒嘶鋼で作り、柄も鞘も黒い素材で作って、全てを組み合わせる。
のっぺりした感じにならないか心配だったけど、刃が黒すぎて他の部分の黒が明るく見えるのでいい感じになっていた。
「こんな感じかな。名前は黒無垢で」
出来上がった武器を見てみる。
――――
黒無垢
武器種:刀/忍刀 必要STR:47
特殊強化【光喰い】、斬撃強化+45、攻撃力+40、闇属性強化+9、隠密+5、隠密攻撃+5
神出鬼没と恐れられた、伝説の忍者が携えていたとされる忍刀。
光を喰らう漆黒の刀身は、所有者を闇で覆い隠すほどの力を持つ。
――――
特殊効果【光喰い】は、光属性の攻撃を軽減したり、光で満ちた場所にいると攻撃力や闇属性強化などが強化されるスキルらしい。
というか、斬撃強化が攻撃力を上回ったのはこれが初めてだ。刀系武器は斬撃強化が高くなりやすくはあるんだけど。
正直斬撃強化と攻撃力の差みたいなのをよく理解できているわけではないけど、まあ簡単な理解として攻撃力は相手の耐性に関わらないダメージになるらしい。
斬撃や刺突、打撃などは敵に応じて軽減されるわけだけど、仮に斬撃ダメージを9割カットする敵がいたとしても攻撃力+50はそのまま発動する……的な。
攻撃力が低く斬撃強化が高い武器は斬撃を弱点とする敵に対して強いものの、耐性があると火力がかなり落ちてしまうという。
武器職人がこの程度の理解で大丈夫なんだろうか。まあ今更だけど。
ちなみに無効化してくるタイプの敵にはそもそものダメージが通らないので攻撃力の値も意味をなさないらしい。
戦闘職って常にそういうこと考えてるの? すごいなー……。
そんなことを考えつつ、黒無垢をザクロに渡すと、彼女はキラキラした目で漆黒の刃を眺めていた。
その様子を見て、ふと思いだす。
「あ、そうだ。試し切りできるけどする?」
実は、つい昨日店の拡張を行った。
工房の地下に武器の試用のための空間を作ったのだ。かなり広く、確実に隣の敷地にお邪魔しているほどの大きさなのだけど、そこは空間魔法がどうのこうのという感じらしい。便利だ。
ザクロも少し興味があるようなので、早速地下へと移動する。
圧迫感のないほどの高さの空間の中に、人の倍ほどのサイズのマネキンが一体置いてある。
マネキンのサイズは増やせるし、動かしたりもできるらしい。その辺の機能も含めて一つの設備として売っていた。
「遠慮せず斬って。マネキンは勝手に直るから」
「……分かった……《双影潜》」
ザクロがそう唱えると、彼女の身体が闇に覆われて二人に分かれた。
片方は偽物なのだろうけど、どちらがそうなのかは一目見ただけでは判別がつかない。
二つの影はほとんど同時に走り出し、先に接近したほうの影がマネキンに一太刀浴びせると、同時にもう一方の影が剥がれ、その内から現れたザクロが黒無垢を閃かせると、それだけでマネキンは八つに分かたれた。
再生を始めるマネキンの横で、ザクロは「……すごく使いやすい」とつぶやいて、満足そうに刀を鞘に納めた。
「……これ、値段は?」
「ちょっと待って。えっと……」
確認すると、シダからメッセージが一件届いていた。内容は今回の武器の値段だ。
黒無垢を作り終えた段階で、私は使った素材のリストをシダにチャットで送信していた。
流石によく使う素材ならどのくらいの価値なのかは分かるようにはなってきているけど、全てのアイテムを把握するのは難しく、会計面では未だにシダに頼りきりになっている。
というわけで、今回の値段をザクロに伝えると、彼女は驚いたように僅かに表情を変えた。
「……安い。これで大丈夫なの?」
「まあ、素材は持ち込みだったから」
「……いや、原価というか、人件費……武器職人の需要から考えると、もっと取っても誰も文句は言わない……と思う」
と言っても、正直現時点でも十分すぎるくらい貰っている気がしている。
現状の環境は最先端なので、これ以上貰ったところで特に買いたいものもないし。
「……まあ、無理してないなら別に良いんだけど。……経営できなくなって、店畳んじゃったりしたら嫌だって思っただけ」
その心配はないと伝えると、彼女は安心した様子で代金を支払った。
「……多分、また来る。……今度は、普通のプレイヤーとして」
彼女は硬かった表情を僅かにほころばせ、それからスッと溶けるように姿を消したのだった。
ユーカリが今遊んでいる〈Alisphere Fragments〉というゲームを舞台にした、王道感のある話を書こうと思ってます。設定だけ無限に溜まっているので、その放出という感じで……
多分夏ごろになるのでその時はよろしくお願いしますね