第五十六話 純爪虎宝
アイヤー。
梓萱はもっとそれらしく片言にしようかとも思ったんですけど、RPであることを考えるとこれぐらいがちょうどいいかも。
『配信だー!!』
『わこつ』
『乗り込めー!!』
『血を見せろー!』
配信を始めてすぐに大量のコメントが付いた。
なんか挨拶的なコメントは血気盛んなのがデフォルトになっているけど、こういうお決まりの流れみたいなのがあるとコメント数が伸びやすいし、E-Vaultのランキングはコメント数もある程度反映されるのでありがたい。
おかげさまで視聴者数も順調に増えている。
「どうも。さっきまで配信できない武器作ってたからいったん閉じてたけど、数はそんなに減ってないね」
『暇人だから』
『作業しながら聞いてます』
『隣の人は今回の依頼人?』
「おー……こんな風になってるアルか」
並んだウィンドウを見ながら、梓萱は物珍しそうにカメラの前に手をかざす。
『アル』
『アル?』
「王梓萱アル! 普段はガーデン通りで『仙峰華』って料理屋をやっているアルよ。この店と同じ通りにあるから、みんなも来るヨロシ!」
『おー』
『めっちゃ典型的中華キャラやな』
『料理人も生産職だっけ』
『俺一回行ったことあるわ。本格的な中華料理で美味かった』
『生産職的にはレオーネが一番賑わってるよね』
十二個ある都市のうち、レオーネは五番目の都市だ。
進んでいるプレイヤーはもう最後のイクテュエスまで行っているし、レオーネに留まる人間は多くはない。
ただ、レオーネは都市の中でも面積が広く、プレイヤーが購入できる土地も多い。
そのうえ、家の購入にかかる費用は比較的安く、生産職が店を開くときに拠点にすることが多い……ということらしい。
実際、一度訪れた都市間の移動は一瞬で行えるので、最前線の都市に店を構えたからと言って客が増えるというようなことはなさそうだし、私もレオーネ以外の場所に行くつもりはない。
まあそれはさておき、軽く説明をしながら今回の武器製作に移っていく。
「今回作るのは爪。虎の毛皮を使ってかわいい感じで作っていくよ」
『かわいい爪とは一体……』
『ピンク色で宝石みたいなゴテゴテの装飾』
『カワイイの概念が古い!』
まずは先ほどとった手形から手袋を作っていく。
と言っても、武器職人では手袋を作れないので、あくまでも形だけ。
形さえ手袋に近ければ、今回作る武器に使うものとしての条件はクリアしている。
手袋に分類されるものを作ることができるのは基本的には防具職人だけで、ものによっては道具職人が作るものもあるけど、少なくとも武器職人では作れない。
しかし、手袋に分類されない手袋は作ることができる。
このゲームに限らず、VRゲームではどんな装備でも身に着けたときの着心地が良い感じになるようなシステムがあるのだけど、それはゲーム全体に総括的に働くシステムのようで、表記上手袋でなくともそのシステムに手袋として認められる形状をしていれば同じように働いてくれるらしい。
なので、とりあえず形状さえ手袋の形をしていれば付け心地は問題ないことになる。
今回作る武器においては手袋部分は完全に隠れて見えなくなるし、使わない手はない。
「よし、出来た。大丈夫だと思うけど、着けてみて違和感があったら言って」
「分かったアル~。……うん、大丈夫そうアル!」
「じゃあ、それで作っていくよ」
まず最初に作るのは、今回の武器の骨格となる部分。
爪武器の運用上、ここはなるべく軽い素材を使いたい。
「早速だけど、今回もこれを使っていくよ」
棚からランドセルくらいのサイズの機械を持ってきて、作業台の上に置く。
合金精錬釜という名のこれはつい最近導入したもので、その名の通り合金を作ることができる機械だ。
使い方は簡単。コードを金床に接続し、二つの投入口にそれぞれ種類の違う素材を入れ、温度を設定。これだけ。
今までは柔らかくした金属を重ねて叩きまくるような野蛮な作り方をしていたので合金はほとんど使ってこなかったけど、これだけ簡単に作れるなら本格的に使っていっても良いと思ってる。
まあ、組み合わせが本当に無限大なのでその辺の検証はしていく必要があるだろうけど。片方が金属ならもう片方はどんな素材でも使えるみたいだし。
欠点としては、魔力消費量が多いせいで使用中は金床への魔力の供給が追いつかなくなるくらい。
と言っても合金を作るのにかかる時間は短いので、特に気にならない。一応作る合金に応じて時間が変動しているようなので、将来的には一つ作るのにかなりの時間がかかる合金とかが出てきたりするかもしれないけど。
「まず作るのは、輕鋼合金。硬さと軽さとキャパシティ値を兼ね備えてるし、ベースで使うなら今はこれ一択って感じかな」
レシピは黒嘶鋼とウィロー雪鉄を同じ分量で入れるだけ。
この合金錬成釜では温度は10段階で決めることができて、今回の場合だと黒嘶鋼は6、ウィロー雪鉄は3に設定している。他の温度でも同じものが作れるけど、キャパシティなどの値が変動するのでなるべく適した温度設定を見つけておきたい。
という具合で素材をセットし、スイッチを入れると、合金錬成釜が音を立てて動き始める。
内部でどういう作業が行われているのかは分からないけど、二十秒程度で製錬が終わり、下部の扉が開いて合金が出てくる。
ちなみにこの状態の合金は固体だけど殺人的熱さなのでトングなどで運ばないといけない。
初見で使ったときはそれに気づかずそのまま触っちゃって体力が半分くらい削られてしまった。エボニーに貰った革手袋がなかったら即死だったな。
さて、出来上がった輕鋼合金を加工していこう。
まずは加工出力をあげて、細長いパーツを作っていく。
輕鋼合金は他の金属に比べると少し加工がしにくいけど、もう何回か使ったので慣れてきた。
作ったパーツを組み合わせ、扇状に広がっていくような形で固定する。強度は良さそう。軽さも、多分問題ないはず。
崩れてる箇所がないかを確認してからあらかじめ作っておいた手袋と組み合わせて、これで骨格部分が完成した。
「ちょっとこの状態でつけてみて」
梓萱にこの段階の爪をつけてもらって、大体のサイズを把握する。大きさ的にはこのままで問題なさそうだ。
『思ったよりもでかい』
『なんか熊手みたいな形だな』
『これ爪?』
『厚みがあるなあ』
「まあ、まだ骨格だから。爪部分はこれから作るよ」
爪部分に使う素材を素材箱の中から見繕う。
爪で検索をかけると、すぐにそれらしきものを見つけた。
――――
銀虎の爪
渇平原を三分する虎種、銀虎シュディガの爪。異常なまでの硬さを持ち、その表面には傷一つない。
――――
説明の通り、表面はなめらかで、モンスターからとれる素材としてはかなりきれいな見た目をしていた。
このまま使っても問題なさそうなので、早速取り付けていく。
爪の大きさを比べながら、四つの爪を若干ずらして配置して、さらにもう一つを離れた位置に配置して合体。
爪という武器種が成立するための条件はもうこの状態で満たせているけど、武器職人としてはむしろここからが本番。
ブラウザで資料を表示しながら、安価な革を切って形を作っていく。こういうのは今まで作ったことがないので大変だけど、結構楽しい。
問題なく形がとれることを確認したら、あとは同じように紅睨虎の毛皮を切って重ねていく。
その後、サクラスライムの弾性部を爪武器の裏側にいくつかくっつけて、最後にラーニングから同じ素材を消費して複製し……
「出来た。……思ったよりもいいかも」
『88888888』
『何か想像と違う!』
『かわいい』
『デカいと思ったけどこうなるのか』
『これはこれで似合ってるかも』
「おお……着けてみるアル!」
早速、梓萱が武器を装備した。
決めポーズをとった梓萱の、手を隠すほどの長さの袖の先から覗くのは、大きな虎の手。
そう、今回作ったのは、大きな虎の手の形をした爪武器だ。
思い浮かんだ二種類のうち、一方は通常通りの形状の爪武器に虎要素を加えたもので、もう一方が虎の前足を模した武器だった。
最初に聞いた通りこれはかわいい路線で作ったものではあるけれど、虎の模様がいい具合に雰囲気を引き締めて、かっこよさも併せ持っているように思える。
まあ、虎の縞模様って足にはなさそうなんだけど、そこは見逃してほしい。
「名前の希望ってある?」
「うーん? 特にはないけど、しいて言うなら漢字にしてほしいアル!」
「漢字ね。わかった。じゃあ……純爪虎宝で」
「かっこいいアル! 評判は前から聞いてたけど、本当にすごい人ネ! これ、お代とは別にお礼アル!!」
そう言う彼女から手渡されたのは、『仙峰華』で使えるクーポン券だった。
丁度気になってたし、今度シダと行ってみようかな。
「あ、そうだ! お会計で『配信を見た』って言ってくれたら割引するアルよ!」
『うおおお』
『これはいくしかない』
『突撃するか!』
『乗り込めー!!』
『食うぞー!!!!』
最後まで血気盛んなコメント欄に、梓萱は笑顔で虎の手を振るのだった。
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純爪虎宝
武器種:爪 必要STR:33
攻撃力+35、斬撃強化+11、炎属性強化+9、連撃強化+7、出血付与+3、
巨大な虎の前足を模した武器。
密林の部族が扱う儀式用の武器とも、魔獣を討伐した戦利品として持ち帰った前足を加工したものとも言われている。
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