第五十話 メイドと商人
今月中にこの章は終わりにしたい……という願望があります。願うだけタダ。
『次は何すんの?』
『まだやるよね』
『楽しみー』
『今来た。まだやっててよかったわ』
生配信開始から少し経って、視聴者数の増加も緩やかになってきたとはいえ、流速は衰えない。
うちの配信は武器作り終えたときのコメント量はすごいけど、そうでないときは結構緩やかだし、有名配信者になるともっと凄いんだろうな。
なんて考えているうちに、鎧を防具立てに飾り終えたエボニーが戻ってきた。
「さあ、次の企画に移るわよ」
エボニーがそう言ったのと同時に、エリスがフリップのようなものを持ってスタンバイする。
企画説明のためのものかな。さすがリアルメイドって感じの動きだ。
まあ、今回は必要ないんだけど。
「あ、エリス。そこに書いてあるのは嘘の企画だから」
「えっ」
エボニーの言葉に、エリスがにこやかな表情のまま固まる。
「えっと……料理対決をすると聞いていたのですが……」
「嘘に決まってるじゃない」
「えっ」
二度目の言葉に、今度はガーンという効果音が流れてきそうな表情で固まったエリス。
料理対決って武器も防具も関係なくない? まあエボニーが言うことならなんでも信じそうだけど。
「折角だから、もっとコラボらしいことをしたいじゃない? というわけで、次はお題付きで装備を作るわよ。エリス、フリップをめくって頂戴」
首を傾げながらエリスがフリップを裏返す。『ランダム素材でドキドキ料理対決!』というヤバそうな嘘企画が書かれたフリップの隅には、よく見てみると僅かにめくることのできそうな部分があった。
エリスにバレないように仕込んでたらしい。エボニー、予想以上にノリノリだ。
困惑しながらもエリスがフリップの表面をめくると、そこに書かれていたのは『お題:コラボ相手の相方に似合う装備!』というものだった。
『おおーー!』
『ええやん』
『サプライズ的な?』
『だから黙ってたんかなww』
『おー』
『相手の相方?』
『確かにコラボっぽい気がする』
つまり、私はエリスの武器を作って、エボニーはシダの防具を作るという感じ。
サプライズにしたかったので、二人に対しては誤魔化すことに決めていた。
「えっと……先生は知ってたんですか?」
「うん。シダには黙ってたけど」
シダに対しては、今回のコラボの内容に関しては必要最低限の内容しか教えていなかった。この企画に関しても、エボニーのように何かごまかす為の嘘企画とかを教えたわけではなく、シンプルに『お題をもとに装備を作る』ということだけを教えていた。
もちろん私は事前の打ち合わせで知っていたし、だから何を作るかも決めてある。
折角ならそれぞれ自分の相方に作ればいいと思うかもしれないけど、私もエボニーもそれは既にやったことがあるということで今の形に落ち着いた。
そもそもエリスのメイド服はエボニーが手作りしたものらしい。すごいな。
「さあ、時間が惜しいし製作に移るわよ。打ち合わせ通り、配信は二つ並行で」
「わかった」
今回は二人同時に行なっていくので、二つのカメラで同時に配信を流すことになっている。
すぐに私の方で配信を開始して、E-Vaultの機能で同ページ内で二つの放送を見られるように設定。
設定がうまくいったのを確認してから、私はさっそく一本の武器を取り出した。
「というわけで、早速始めていくよ。今回作る武器の核となるのはこの武器」
口でジャーンと言いつつ、木を長い棒状に加工した外見の武器をカメラに移るようにする。
「杖ですか?」
「見た目はね」
首を傾げるシダの目線の先で、私は杖を軽く振ってみせる。すると、カシュッという音が鳴って杖の先端に鋭利な刃が現れた。
「いわゆる仕込み刀ってやつ。武器種的には薙刀になるみたいなんだけど、エリスの職業なら使えるらしいからちょうどいいと思って」
『仕込み刀かっこよ』
『薙刀か』
『武器としてはよく聞くけどあんま使ったことないな』
『仕込み刀って区分があるわけではないんやね』
『薙刀はどちらかというと和って感じ』
『薙刀使えるってことは武士的な職業なんか』
「エリスの職業はバトルメイドらしい」
『バトルメイド』
『バトルメイド!?』
『なんだそれ。いやまあ戦うメイドなんだろうが』
『バトルメイドって?』
『ああ!』
『メイドって職は知ってたけど、それの上位職かな』
正直、ファンタジー的にはメイドが戦わない方が不自然ではあるし、薙刀を使えるというのもメイドが扱うであろう得物を考えると納得がいく。というより、今回作る武器はそのイメージありきなんだけど。
刃部分の素材には清鉄鋼を、柄の部分の素材には迦羅竹を設定し、大元となるパーツを作り出す。
柄の素材が竹になっただけなのでこれ単体で武器として成立しているけど、これだけだと見た目が変わっただけなのでどんどん目標の形に近づけていこう。
「で……次は刃を大きくする。この後つける装飾のおかげではみ出しても大丈夫だから、なるべく大きくしておこうかな」
実際に武器として使うときにはそこまで関係なかったりするけど、今回の場合は刃は長い方が見栄えもよくなるし。
そんなわけで、既に存在する刃に重ね合わせるように融かした清鉄鋼を融合させていく。
一回り大きくなった刃は収納状態でも隠しきれない大きさになっていたけど、問題ない。
本体の方は一旦置いておいて、次の素材を用意していく。
使うのはリヒテンベリーの枯れ枝というもので、これは雷属性強化を付与することができる素材だ。事前リサーチで、エリスが雷属性の技をよく使っているとエボニーから聞いたので、それに合わせた。
枝の選別を行い、まとまりやすいように形を整える。
そうしてベースとなる枝を数本作ったら、あとはこれをコピペ……じゃなかった、ラーニングして増産していく。
ラーニングは同じ作業を繰り返し行う場合にも使える。すごく便利。
そうしてできた細い枝を束ね、武器本体とドッキング。
炉の魔力で部分的に熱して融合させて、それから装飾を付け加え…………
「よし、いい感じ」
『おおー!』
『88888888888』
『なるほどこういうことか』
『モロだな』
『まあメイドといえばこれ以外思いつかないというか』
『仕込み刀、そう使うのか』
「解説とかは……いらないか。じゃあバレないうちにしまっておこう」
作った武器をインベントリにしまったところで、ちょうどエボニーが声をかけてきた。
「私の方は準備オッケーよ。そっちはどう?」
「こっちもちょうど終わったところ」
「なら、早速お披露目といきましょうか!」
こちらの方の配信を終了し、カメラの設定を解除してからエボニーの方へと向かう。
まずはエボニーの番だ。彼女に促されて、シダが配信に映る位置に立つ。
流石に緊張しているみたいだけど、朝のガチガチ具合から考えればだいぶ余裕が出てきたようにみえる。
さて、手元のウィンドウを操作し、インベントリ経由で装備の受け渡しをしてから、エボニーが口を開いた。
「私が作ったのは、職人に従事する健気な商人のために、動きやすさと可愛らしさを兼ね備えた装備……名付けて、オレンジパーチ装備よ!」
エボニーが言い終わったのと同時に、シダの装備が変わる。
茶系の色を基調とした、シンプルなように見えて所々に凝った意匠の施された可愛らしい装備だ。胸のあたりや帽子のふちには、アクセントとして綺麗な色の鳥の羽が添えられていた。
全体として活発なシダのイメージにとても合っているように思える。というか、実際すごく似合ってる。
さすがはエボニー。この短時間でこれだけのものを仕上げるとは…………あれ? 打ち合わせの時は一つの部位だけって話だったんだけど、思いっきりフル装備だ。
「今の時間で作ったのは胴装備だけだけど、それだけじゃちょっと味気ないから事前に作っておいた他の部位も併せてプレゼントするわ」
「えっ、いいんですか?」
「ええ。試作段階でちょっと楽しくなってしまって作っただけだから。全身あったほうがいいでしょう?」
「は、はい! ありがとうございますっ」
シダが深々と礼をする。一挙一動が大きいから、ところどころの装飾が揺れていてとても可愛らしい。
……と、見惚れている場合じゃなかった。次は私の番だ。
カメラに収まる位置に移動し、それから武器をエリスに送る。
「作るにあたっていろいろ考えたけど、やっぱりメイドの武器といえばこれしかないよねってことで。名前は……オリエントブルーム」
言い終わると同時に、エリスの手に一本の箒が握られた。形状は竹箒だけど、色が濃いので西洋の魔女が使っているような箒にも見えるようなデザインだ。
「ほうき……ですか? ステータスは薙刀になってるみたいですけど」
「手首のスナップを利かせる感じで振ってみて」
言われるがまま、エリスが箒をさっと振るうと、束ねられた房の中から鋭い刃が飛び出した。
仕込み刀の仕組みをそのまま使っているだけだけど、ちょっといい感じになったと思う。
エリスの反応は……良さそう。目がキラキラしてる。
予想以上に気に入ってくれているのかもしれない。
ちなみに名前に関しては、元になっているのが竹箒なので、シンプルに東方の箒という意味の名前にした。
……というのは後付けで、原案の段階では澱や怨を屠る箒で『澱怨屠』だったりしたのだけど、これを言ったところで良い方向に転がるビジョンがまるで見えないので黙っておくのが吉。
まあ、何はともあれ二人とも喜んでくれたようでよかった。
「サプライズにした甲斐があったわね」
そんなエボニーの言葉に、私は心から同意したのだった。