第五話 契約
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そんなシステムメッセージと共に、私はまたこの仮想世界に降り立った。
今日ももちろん、武器を作るつもりだ。
昨日はゲーム内のシステムとか流行とか、そういう部分を調べたので、その上で何を作るかっていうのを考えつつやっていこうと思う。
そんな感じで私は職人ギルドへ赴いた。
「こんにちはー」
「おう、アンタか。来て早々アレなんだが、アンタに客だぞ」
「客?」
グルードの視線の先を見てみると、そこにいたのは白っぽい髪の毛の少女だった。
彼女はどこか見覚えのあるショートソードを眺めながらぼーっとしていたが、こちらの様子に気づくと、恐ろしい速度で私の元へ急接近してきた。
「ユーカリ=スタークさんですか!?」
「え、うん。そうだけど……」
「私、シダ=マリって言います!」
「血溜まり?」
「シダ=マリ! です!」
彼女は両手をブンブンと振り回し、それから私の手をぎゅっと掴む。
そしてそのまま私の目を見つめ、頬を紅潮させながら言った。
「率直に言います!! 私と結婚してください!!!」
結婚。
…………結婚?
「結婚!?」
「え? ……あっ、間違えました!! 気持ちが先行しちゃって!!」
彼女は仕切り直しとでも言うかのようにコホンとひとつ咳払いをして、もう一度口を開いた。
「ユーカリさん……いえ、ユーカリ先生!! 私を、先生のパトロンにしてください!!!」
どうやったらそれを「結婚してください」と間違えるのかはよくわからないけど……パトロンってなんだったっけ。
「あー……あれか。芸術家を支援するやつ。ハプスブルク家的な」
「どちらかと言うとメディチ家が有名だと思いますけど、まあ大体そんな感じです!! どうでしょうか!!」
「断る」
「なんで!?」
「なんか怖いし……」
ログインしてたら知らない人に出待ちされてて、しかもいきなり求婚されるとか怖がらない人いないと思う。
「信じてください! 怪しい者じゃありませんから!!」
ただ、彼女の方も引き下がる様子はない。
かくなる上は、あれを使うか……。
[Alisphere Fragments 雑談スレ Part.67]
314:原子 核
破くって言葉浸透してきてんな。
俺はまだ破いたことないけど
315:ユーカリ
質問。昨日始めたばっかなんだけど、武器作ってたらパトロンになりたいって人が来た。なんかのイベント?
316:グレイ
そんなんあるのか。生産職スタート限定のイベントか?
317:ギュスターヴ
武器職人ってことか?
クエスト名は?
318:ユーカリ
クエスト名? 多分出てない
319:キリン=メロン
じゃあNPCじゃなくてプレイヤーなんじゃねーの?
注視で出るネームバーが緑ならNPC、白ならプレイヤーだぞ
320:ユーカリ
あー……プレイヤーっぽい
プレイヤーならこう言うのもあるの?
321:ギュスターヴ
まだNPCが支援してくれるって方が現実味あるな。
新手の詐欺じゃないのか
「なんか、もしかしたら詐欺じゃないかって」
「掲示板の言葉を鵜呑みにしないでください!!!」
正論で返された。
プレイヤー情報と紐付けられたゲーム内掲示板だから情報の確度は高い方だとは思うけど。
「……というか、なんで私なの? 生産職スタートは少ないみたいだけど、ゼロってことは無いだろうし、私じゃなくても良いと思うんだけど」
「私は先生の作る武器が好きなんです!! 見てくださいよこのショートソード!! 造形がめちゃくちゃ私好みですし、そもそもチュートリアルの限定された環境でこんなに凝る人なんて普通いませんよ!! 正気じゃない!!」
「あれ、もしかして貶されてる?」
「褒めてます!! 私、先生みたいな人を探すためにずっと職人ギルドのチュートリアルで作られるショートソードを見てきたんですよ! それでようやく巡り会えたんです!! これぞ運命……いや、必然!! 摂理!!!」
武器職人を志す者として、ここまで褒められると流石に無下にはできない。
とりあえず、話は聞いてみることにした。
「パトロンって言うのがまだピンと来てないんだけど、具体的にどんな感じになるの?」
「先生には、普通にゲームを楽しんでもらえたらなーと思ってます! ただ、やっぱり初手で武器職人を選んだってことは生産職でやっていこうと思ってるんですよね?」
「まあ、うん。それ以外は正直興味ないし」
「ですよね! ただ、このゲームって生産職一人だと生産に集中できないんですよ。まあ大体のゲームでそうだと思うんですけど。それでも私は先生に思う存分武器を作ってもらいたい……ってことで、先生の活動をサポートしようと思うんです!!」
なるほど……。確かに素材の調達とかどうしようって考えていたところだった。
「まず、先生が万全の状態で武器を作れるように常に最新の設備を整えます!」
「うんうん」
「次に、必要な素材を常に手配出来る様にします!! 大体のアイテムは手に入れようと思えばお金でどうにかなりますからね!! 私商人ですからお金の心配は必要ありません!」
「ほうほう」
「で、最後になんですけど、私の方から先生にどういうものを作れって言うような指示はしません!! 本当に自由に作ってください!!」
「え、良いの?」
「まあ、作って欲しい時に個人的に頼むとかはありますけど……例えばこういうの作らないと支援やめるぞ〜みたいな脅しは絶対にしませんよって感じです!」
なるほど。めちゃくちゃな高待遇だ。
私的には良いんだけど、なんというか……
「なんか、ここまで自分に有利な内容だと逆に怖いんだけど……」
「えー! まあ確かにそうかも知れませんけど」
「何か他にないの? 私に出来ること」
「そうですね……あっ、じゃあ配信やってみませんか? 普段の武器生産の様子を生放送するんです!」
「配信? ……なんか急に面倒になってきた」
「なるべく面倒にならないようにしますから!! 先生はいつもどおり武器作ってくれれば問題ないです!」
「うーん……まあ、それなら良いけど」
配信か……考えたことなかったけど、配信者も普通に職業になるんだった。
武器を作る様子を配信して収益を得るならそれはもう武器職人そのものって言っても良いような気がする。
まあ、何にせよ、私には特に断る理由もない。
あまりにも高待遇なのが怖いところだけど、とりあえず今は彼女を信じてみようかな。
「じゃあ、とりあえず……よろしくってことで」
「はいっ! よろしくお願いします!!」
握手でもしておこうかと手を差し出すと、シダは私に抱きついてきた。
距離感どうなってるんだって言いたかったけど、これも契約のうちかなと考えて、とりあえずされるがままになっておいたのだった。
序章部分一気に投稿しました。
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