幕間 レヴンソールの邂逅
ようやくリアルが落ち着いてきて執筆に時間を割けるようになりました。落ち着いてきたと言っても比較的マシなだけでまだ忙しいので毎日投稿とかは難しいですが、今後ともよろしくお願いします。
ただ今回はリハビリも兼ねて書いた幕間で普段の話とは違うので読まなくても問題ないです。
第三都市ツヴィリングの西方に位置する大樹海、レヴンソール。
森林地帯の多いツヴィリング周辺地域において、天に届くほどのヨウジュの大木が並ぶこの樹海は遠目でも目立つ。
そのうえ、ヨウジュの白く透き通った大理石の柱のような幹と、天を覆い隠すように生い茂った色とりどりの葉はそれぞれが淡く光を放っており、この深い森は陽が差さずとも常に昼間のような明るさを保っている。
その異様さ、荘厳さに惹かれ、ツヴィリングに着いてすぐにこの地を目指すプレイヤーは多いのだが……その大多数は返り討ちに遭うことになる。
それもそのはず、この地の攻略推奨レベルは30。
ツヴィリングから王都レオーネに繋がる輝彩洞窟フォラエラの推奨レベルが25であることを考えると、ツヴィリングを訪れたばかりのプレイヤーでは勝てる見込みもない。
とは言え、レオーネに辿り着いたプレイヤーであれば勝てないほどではなかった。
むしろ、レヴンソールに出現するモンスターは低HPの群体型が多いため、範囲攻撃持ちにとっては絶好の狩場となる。
そのため、メインストーリーを進める上で訪れる必要のないエリアにも拘らず、この地を訪れるプレイヤーは多かった。
そんな森の中を、一人の少年が行く。弓を携え、周囲に注意を向けながら。
無造作に伸ばした灰色の髪は狼の毛のようで、実際、彼のプレイヤーネームは狼真と言う。
一匹狼な性格で常に一人でいることを好む……とは本人の談だが、クランに所属していないどころかフレンドも0人だというので、好んでいるかはともかく常に一人でいるのは本当だった。当然、今もソロである。
口を開くことなく黙々と森の中を進んで行く彼は、やがて察知系スキル《聴覚鋭敏》による情報を得て足を止めた。
風とは無関係に揺れる草むらから現れたのは、人の頭部ほどの大きさのクモの群れだった。
数は二十匹ほどだろうか。それぞれのHPや攻撃力はかなり低いものの、毒のスリップダメージと糸による行動制限という二種類の状態異常を操る強敵だ。
「丁度良いな」
彼の持つ短弓は使い手の技量次第では接近戦もこなすことのできる武器種ではあるものの、群体系モンスターを相手取るには心許無い武器だ。
しかし、彼は臆さず短弓を構える。これが最適解であるかのように。
「よし…………行こう」
瞬間、虫が鳴いて——体の爆ぜる静かなエフェクトと共に、鳴き声は微かな断末魔へと変わった。
突然の出来事に群れはしばし動きを止め、その硬直から脱したものは次々に射抜かれていく。
「頭を潰せば統率を失う……虫にも適用されるみたいだな」
基本的に、群体系モンスターには司令塔となる個体が含まれており、その個体を先に倒すことで一時的な混乱状態にすることが出来る。
彼はそれを狙って最初に鳴く個体を射抜いたのだ。
VRゲームがどれだけ現実に近付いたとはいえ、全てがリアルなわけではない。武器の類いを日常的に使わない大多数のために、上手く武器を扱うためのアシスト機能はしっかりと存在している。
例えば、彼の扱う短弓には照準補正のようなアシストがある。ある程度ズレていたとしても狙った場所に行くようなものだ。
とは言え、相手は小型モンスターの群体。その中の一匹に当てようとすればエイムアシストにはあまり頼ることが出来ない。
一発でリーダーと思しき個体を射抜けたのは、ひとえに彼の技量によるものであった。
「やっぱり手に馴染むな……」
矢継ぎ早に攻撃を仕掛けながら、彼はしみじみと呟く。
普段からこの森でトレーニングをしている彼だったが、今日はそれに加えて新しい武器の試運転も兼ねていた。
狼真がよく視聴しているとある配信者から購入したこの弓は、オーダーメイドというわけでもないのに意外なほどに良く手に馴染んでいて、気がつけば彼は蜘蛛の一群を殲滅しきっていた。
「一応、もう一グループぐらい狩っておくか……」
そう呟いて、狼真は更に森の奥に進み始める。
そんな時だった。ヨウジュの陰から巨大な複眼が覗いたのは。
「っ!!」
狼真が咄嗟に回避スキルで背後に跳んだのと、その複眼の主が大きな鎌による攻撃を行なったのはほとんど同じタイミングだった。
白く歪んだ真空の斬撃が狼真の指先を掠めて後方に飛んでいく中で、彼はどうにか平静を保ちつつ相手の情報を把握する。
人の身体ほどある逆三角の頭部と、見るからに鋭利な両手の鎌。
殺戮に特化したようなその姿はまさにカマキリそのもので、その全身にはカモフラージュを目的とするものには到底見えない鮮やかな花が咲き誇っていた。
アレには何か別の意味がある。そう考えながら狼真はそのカマキリの名を見て——驚愕した。
[【花螂】エルバガモール]
名前の前に配置された、圧を放つ漢字二文字。
二つ名のようなその文字がこの〈Alisphere Fragments〉の世界でどんな意味を持つのか、思い当たって彼は口に出す。
「ここにも居たのかよ……ユニークモンスター……!!」
ユニークモンスターとは、強いて言うならゲームシステム上同時に二体以上存在することのできない特別な存在のことだ。
彼らに関してプレイヤー達が知っている情報はあまり多くは無いが……少なくとも、ユニークモンスターは皆一様にそのエリアの推奨レベルを凌駕する力を持っている。
ユニークモンスターに関しては、プレイヤーの間でも良く話のネタとして上がる。
その為、このゲームにどのようなユニークモンスターがいるのかは彼も把握していた。
しかし、狩場として有名なこの森では一度もユニークモンスターが確認されておらず、何か特殊な条件があるのか、或いは何処かに隠しエリアが存在するというのが一般的な予想だった。
そんな存在が、目の前にいる。
この状況で自分がするべきことは何か。それを考えた上で彼は逃げることよりもこの情報を持ち帰ることを優先し、メニューから写真撮影機能を呼び出して——同時に、上空から音が聞こえた。
「《クレンチ》、《パンプヒール》……」
不意に響いた人の声に、狼真は思わず天を見上げた。
彼の瞳に映ったのは、ヨウジュの光をその身に受けて、紅く輝く薔薇の鎚。そしてそれを振り下ろさんとする金の髪の女性の姿だった。
「《デモンブレイク》!!!」
カマキリの頭部に叩き付けられる薔薇の一撃。デモンブレイクの赤黒いエフェクトが花弁のように舞い散って、突然の出来事に戸惑う狼真は無意識のうちにシャッターを切った。
「よっしゃー! めっちゃ完璧に決まった! キミ見てたよね!? どうだった!?」
ハイテンションで捲し立てる彼女は、狼真がたじろいでいることに気づくと咳払いを一つしてハンマーを肩に担いだ。
「私はエリエザ……って自己紹介してる暇ないか! アレ倒せると思う?」
「いや……無理だろ」
「だよね! じゃあとっとと逃げようか!! 虫系はスタンからすぐ立ち直っちゃうし!」
既に硬直から立ち直りつつあるカマキリに背を向けて、彼らは全力で駆け出した。
狼真が首にぶら下げていた小さな鳥笛を吹くと、二人の身体に緑色のエフェクトが舞い、それから移動速度が上昇する。
「ナイス鳥笛! ……ってなんかこれ凄く速くない!?」
「ああ、MPほとんど使ったからな」
アリフラにはINTや知力のようなパラメーターがなく、代わりに使用したMP量に応じて威力や効果が変化するシステムになっている。
狼真の使用した緑の鳥笛は、MPを注いだ分だけ移動速度を上昇させる効果を持っていた。
底上げされた移動速度で逃げ出す中、狼真はエリエザに話しかける。
「というか、アンタの武器……」
「あ、気になる!? これ、実は他のプレイヤーに作ってもらったやつでね。名前は——」
「叛く鉄の薔薇だろ、知ってるよ」
「おおっ、キミも見てるんだね!」
「まあな。というか、オレの武器も作ってもらったやつだし」
走りながら、狼真はエリエザに短弓を見せる。
「リガーラットワースじゃん! 凄い偶然もあったものだね! 折角だしフレンドになる?」
「いいけど……あのカマキリから逃げ切れたらな……!」
背後から響いてきた鳴き声のような甲高い音を聞いて、二人は振り返るまでもなくカマキリの復活を悟った。
メインのルートから若干離れているせいもあって、辺りに人の影はなく、ユニークモンスターをトレインして誰かを巻き添えにすることは無いが、同時に助け舟も望めない。
エリア外までの距離はさほど遠くもないが、逃げ切れるかはかなり怪しい距離だった。
「これヤバくないか……!?」
「思ったよりも速いね!? 何かこう、足止め出来ない!?」
「オレの手持ちじゃ無理だ!」
そんな状況の中で、二人は走る。
狼真は内心、写真を撮れた時点で死んでも問題ないと思っていた。
しかし、必死ながらも楽しそうに走るエリエザを見て、そんな気持ちはとっくに消え去っていたのだった。
その後、狼真が撮影した『エリエザがユニークモンスターに凄まじい一撃を叩き込む瞬間』の写真はアリフラのコミュニティで話題になり、それによって二人は知名度を上げ、ついでにその武器を作ったプレイヤーの知名度も上がったのだが……それはまた別の話である。
要望のあった、ユーカリが作った武器を使う人の話でした。時系列的には一つ前の話の数日後くらいです。
正直求められてたのがこう言うものなのかは怪しいんですけど、ゲーム的な世界観も知りたいと言う声があったので両方ひっくるめた話にしました。
ユーカリのプレイスタイル的にその辺りの描写をする機会がないんですよね。