第三十話 友愛
前回書きそびれたんですけど、ゲームのタイトルが〈Alisphere Fragments〉に変わってます。
略称はアリフラです。それ以外に特に変更点はないのでよろしくお願いします。
「よし、じゃあ本命を作ろうか」
素材箱から取り出したのは、毎度おなじみフィール輝鋼。
いくつかの色を取り出して、素材台に並べていく。
「とりあえず、ここから目的の色を作っていくよ」
『目的の色?』
『混ぜて色変えるのかな』
『そういうのもできるのか』
「やったことないけど、たぶん行ける」
かなり融通の利くゲームだし、結構どうにかなるんじゃないかな。
とりあえず、まずは黒とオレンジ色の輝鋼を同量、金床に配置する。それから金床の出力を加工出力以上にし、オーバーな変質を促す。
と言っても、一気に上げすぎると煮立ったような状態になってしまうのは既に経験済みだ。だから、フィール輝鋼の加工出力である500を基準に、段階的に上げていく。
そうして溶けたような状態にしてから、色を見て混ぜていこうという作戦だ。一応、オレンジはアクセント程度でほとんど黒みたいなものにする予定ではあるけど、最初から量を決めておくやり方では正確な色を導き出せないし。
将来的にはそういうやり方でできるようになりたいところだけど、経験の足りていない現状では仕方がない。
そう思いながら観察していると、不意にオレンジ色の輝鋼が目に見えて溶け広がるように変質した。
「……あれ?」
その光景に、私は思わず疑問の声を上げてしまう。
「……なんでオレンジ色が先に変質したんだろう」
wikiによると……というか、今までフィール輝鋼を使ってきて経験的に分かっていることだけど、フィール輝鋼は色に関わらず皆一様に500を加工出力としている。
そこに関しては間違っていないと思うのだけど……だとしたら、今なぜオレンジ色が先に変質したんだろう?
恐らく、視聴者にとってみれば気に留めることでもない些細な差なのだろうけど、私にはそれがどうしても引っかかった。
そしてそれは防具職人であるエボニーにとっても同じだったようで、彼女は考え込むように顎に手を当てていた。
「何故かしら……この辺りの仕様については私にもよくわからないわね」
「うーん……ちょっともう一回やってみようかな」
先ほどと同じように、黒とオレンジの輝鋼を金床に乗せる。もしかしたらランダムなのかもしれないので、今回は両色二つずつ置くことにした。
そうして出力を上げていくと、結果は先ほどと変わらず、オレンジ色が先に溶ける結果となった。オレンジ色は二個とも同時に溶けたので、少なくともランダムではないらしい。
情報が少ないけど、とりあえず一つの仮説が出来上がった。
「まだ予想でしかないけど……これ、加工出力はどの色でも変わらないみたいだけど、魔力を注ぎ込み続けたときの変質に耐えられる時間は違うってことなんじゃないかな」
「! なるほど……確かにありえるわね、それ」
『どういうこと?』
『生産職じゃないのでよくわからなくなってきた』
『加工出力はダイヤルの数値だっけ』
「素材には、加工出力とは別の基準値があるんじゃないかなって話」
まず、素材には加工出力というものが存在する。
これは素材を安定して加工する際に必要な炉の魔力の数値で、ハンマーで叩いたときに上手く変形させることのできる丁度いい状態になる。
逆にその値を超えると今度は変質が進み過ぎてしまい、柔らかすぎて上手く変形させられないような状態となってしまう。
以前夜想剣を作ったときに[カルジール純聖銀]というものを使ったことがあったけど、最初に出力300で試してしまい、沸騰したような状態になってしまっていた。まあ、あれは極端な例ではあるけれど。
「加工出力を融点とすると、今考えてるのは沸点って感じ。0℃で溶ける物質の中でも100℃が沸点のものと90℃が沸点のものがある、みたいな」
『なんとなくわかった』
『こういうのってチュートリアルでやらないの?』
『チュートリアルでやるのって加工出力までじゃなかったか? 俺はアクセ職人だから多少変わってくるかもしれないけど』
『というかそんなwikiにも書いてないような情報、生配信に乗せちゃっていいのかww』
「あー……まあ、良いでしょ。気にするほど職人いないし」
『悲しい』
『生産職増えろ。俺は剣闘士だけど』
『まあ実際今はそれほど需要なさそうだもんな……逆に言うと、ある程度までゲームが進行したら需要爆増だけど』
『つまり今から職人やってれば将来的にめっちゃ稼げるのでは!?』
『転職の時来たれり』
正直、現時点ではこの情報を活かせそうな場面が思いつかないけれど、それを抜きにしたとして、私は情報が他の職人の手に渡ることに関しては特に気にしていない。
私は武器の強さよりも見た目の良さとかコンセプトを重視するタイプだし、そういう人間が有益な情報を止めてしまうのはもったいない。むしろ私が新しく発見した情報で後続の職人がやりやすくなるのなら、それは良いことだと思う。
……と、ちょっとした興味から結構脱線してしまった。色作りの作業に移ることにしよう。
一方は黒とオレンジ。一方は緑と銀。
それぞれを混ぜ合わせて、茶色がかった黒とシルバーがかった緑を作り出す。
銀と緑は沸点――とりあえず「融解出力」と呼ぶけど、この値に大した違いがないようで、かなりきれいに混ぜ合わせることができた。逆に黒とオレンジは何度も試したのでわかっていることだけど、差があるせいで若干マーブルっぽい模様ができてしまった。
一応融解出力に気を付ければ綺麗に混ぜることは可能だけど、今回作りたいものにはむしろこの模様があっている。
マーブル模様の浮かび上がった輝鋼を伸ばし、広げることで木目のような模様にし、一先ずこれで下準備は完成だ。
それから私は二色をもとに双剣をデザインしていき――
「良い感じかな?」
『88888888888』
『形状がかっこいい』
『なんか木目みたいで良いな』
「流石ね。名前は何というのかしら」
「名前は……双剣フラテルニテ。それぞれリベルテとエガリテって名前もある」
『かっこよ』
『なんだっけその名前』
『自由、平等、友愛か』
「そう、それ」
実はこの双剣には様々な意味が込められている。
まあ、少し恥ずかしいので言うつもりは――
『あれ、もしかしてこれ黒檀とユーカリの色意識してる?』
「…………」
『図星じゃん』
『かわいい』
『もしかして二つ合わせて友愛になるのってそういうこと?』
『おいおいおい』
『あら^~』
『急にコメント欄が推理フェーズに突入してるんだが』
「……さり気なく仕込むつもりだったのに……」
コメントという集合知の前には私の画策など無意味なのであった。
「まあ、そういうことだから……はい」
観念して、私はエボニーをイメージした剣を彼女に渡す。
「あんまり器用じゃないからこういうことしかできないけど……迷惑じゃなかったら貰ってほしい」
「迷惑なわけないじゃない。ただ、こんな事今までなかったから……どうしたらいいのかわからないわね」
彼女は手で口を覆うようにしてから後ろを向いて、改めてこちらに向き直った。
「ライバルとして……いいえ、その前に一人の友人として。ありがたく頂くことにするわ」
この瞬間のコメントの流速は、過去最速を記録していたのだった。
この物語に出てくる主要キャラの九割は対人面で不器用だったりします