第二十七話 黒檀防具店
「いらっしゃいませ」
大通りに居を構える防具屋、黒檀防具店にて、私を出迎えたのはメイド服の女性だった。
恭しく頭を下げる彼女を見て、その佇まいから私は彼女をNPCだと思ったけど、情報ウィンドウを開いてみると[エリス=サスティク]という名のプレイヤーであることが分かった。
ただ、それにしては動作が整っているような気がする。別に本物のメイドを見たことがあるわけではないけれど、絵に関する知識を持たずとも引き込まれてしまう名画があるように、実物を見ていなくとも本物は感覚的に分かる。
少なくとも彼女は、一プレイヤーがロールプレイとしてするには出来過ぎなくらいにメイドらしかった。
もしかしたら本職なのかもしれない。あるいはあまりにメイドに憧れすぎて本物すら超えてしまった人か。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「あー……特に何かあるわけじゃないけど、おしゃれな外装だったし、ちょっと店内も見てみたくて。あなたが店主?」
「いえ、私はあくまでも使用人……店員のようなものでございます」
「そっか」
まあ確かに防具を作りそうな感じではないけど。というか、そうなると彼女は本当に店員としてここにいるってことになるけど、他のプレイヤーの為にそこまでするものなのかな。いやまあ、シダはそうだけど。
「当店はオーダーメイドが主となっておりますが、既製品もございます。ご試着いただくこともできますので、気軽にお声掛けください」
なんか高級な店にでも来たかのような気分。
店内を見回してみると、衣服のような軽い装備から、騎士が装着するような重厚な鎧まで、置いてある防具の種類は様々だった。
現実で言うプロテクターのようなものもあるし、盾もいくつか存在する。シールドバッシュのように盾で攻撃するスキルはあっても、区分的には盾は防具。防具職人が作ることのできるものなのだろう。
とりあえず装備できそうな軽めの装備を見てみようと思っていると、突然店の奥の扉が開いた。
店主だろうか。そう思って見てみると、中から出てきたのはジャージのような服を着た黒い髪の少女だった。
首元に刺青の様なマークがあるのでおそらく私と同じDEX特化型だ。生産職で間違いない。
「あら、お客さん? いらっしゃ――」
私のことを認識した彼女は言葉の途中で急に石化したかのように動かなくなり、ギシギシと軋む音の聞こえそうな動きで後ろを向いた。
「どうかいたしましたか、お嬢様?」
店員の声には答えず、彼女は一旦店の奥へと引っ込んだ。
それから二十秒くらい経って、再度ドアが開く。出てきたのは先ほどの少女だったけど、服がなんかおしゃれなものに変わっている。服着替えに行ったの?
私がぽかーんとしていると、彼女はこほんと咳払いをしてから口を開いた。
「あら、誰かと思えばユーカリじゃない。まさか会いに来るなんてね。武器職人用の防具はまだ無いけれど、折角来たんだからゆっくりして行くといいわ」
「えっ」
あれ? この人前に会ったことある?
私の記憶には……多分無いんだけど、この感じは明らかにお互いを知ってる時の対応だ。
一応配信者なので、視聴者に顔を覚えられるということはあるだろうけど、仮に彼女が視聴者だったとして自分を知られているとは思わないはずだし。
……と言っても、本当に思い出せないな。
どうすれば良いんだろう。ちょっと誤魔化して探ってみようかな?
「……えっと、良い天気ですね」
「……………………貴女、もしかして私のこと知らない?」
誤魔化せなかった。基本的に嘘をつかない善良な性質が裏目に出てしまったらしい。
というかネームバー見れば良かったのでは?
もう遅いけど、一応見てみる。
[エボニー=グライド]
「わあ」
「な、何よそのリアクション……?」
え、まさかのご近所さん?
シダ、知っててここ選んだのかな。シダのことだから何かしら考えはあるんだろうけど……。
まあ、それはそれとして。彼女がエボニーならあの態度にも辻褄が合う。
自分のことを知っていたのは配信を見たからだろうし、逆に自分のことを知っているはずだという態度は、自分の配信を見てくれてるのだろうという確信によるもので……あ、これ初手ミスった?
「ふふ……別に良いのよ……私の配信を見たことがなくても……元から私が一方的に見てただけだから……」
予想通りエボニーのテンションはだだ下がっていた。
どうしよう。もう変に誤魔化しても仕方ないな。
「ごめん、配信の時間が合わなくて……」
「確かに、貴女って常に配信してるものね。それは見習いたいところでもあるのだけど」
とりあえず機嫌は直ったような気がする。
この機を逃さずにちょっと接近して行こう。
「あの、折角だしフレンドにならない?」
情報を収集するにしても、ただでさえ人口の少ない生産職の中で更に武器職人というところまで行くとかなり難しい。
武器と防具という違いこそあるけど、共通する部分もあるはずだし、同じ職人として、情報交換の出来る相手は貴重だと思う。
そう思って言ったのだけど、そんな私の言葉を聞いて、エボニーはキッと鋭い表情になった。
「勘違いしないで。貴女と私は、道は違えど飽くまでもライバル。馴れ合うことは私のプライドが許さないわ」
「……そっか…………」
「あ……いや、えっと……」
エボニーは急に狼狽えた様子で後ろを向いて、何やら呟いた後、こほんと咳払いをしてからこちらへ向き直った。
「……ま、まあ? 一人の職人として、余裕を持って誘いを受けると言うのも必要かもしれないわね?」
直後、ピコンと音を立ててフレンド申請のウィンドウが開いた。
送信者はエボニー=グライド。彼女の方からフレンド申請をしてくれたみたいだ。
「ありがとう」
「……っ、別に良いのよ。私が大人気なかったわ」
そんな風に言いながら視線を横に向けて所在なさげに手を揉む彼女を見て、なんかちょっと可愛いなと思った私だった。