第十九話 完成へ
データが吹き飛んだので思い出しつつ書きました。
短いのはそのせいです。本来は3000文字は超えてたんですけどね。
聖墨血の入った小瓶を手に、私は一先ずいい感じの道具を探した。
工具を納める柵にあるのは、やすりやノコギリ、その他用途のよくわからないものまで様々だ。上手く色を付けるために使えるものがあるかもしれない。
そう考えて少しの間探し、やがて見つけたのは……何だろう、これ。ヘラみたいなやつだ。
何に使うものなのかはよくわからないけど、まあ本来の用途はどうでもいい。いい感じに平らなので、これを使えば均等に色を塗れるだろう。
「ダイヤルは控えめに……」
あまり出力を上げすぎても良くなさそうだし、フィール黒輝鋼が薄く変質し始める490付近で止めることにした。
少し待つと、じわじわと表面の方が柔らかくなっている。恐らく、ここに混ぜるような形で聖墨血を塗ればうまく色を付けられるだろう。
ぶっつけ本番なのでうまくいく保証はないけど……やってみよう。
「まずはヘラに聖墨血を垂らして、均等に延ばす……それからゆっくりと刀身に塗り付けて……」
深呼吸をして、手を動かす。
ヘラにつけた時点で分かったことだけど、この聖墨血は色を付ける効果がとても強い。多分このヘラは今後一生黒いままだろう。
薬で言うなら劇薬。少量で色を変える必要のある現状にこれほど適した材料はないだろうけど、だからこそ細心の注意を払う必要がある。他の部分に付いたら目も当てられないな。
「色ムラができないように……力を一定に……」
適度な脱力と正確な動作。言葉を発しながら全体像を強くイメージして塗り続け――小瓶の中身が十分の一程になった頃、ようやく刀身の全てを黒く染め上げることに成功した。
先ほどまでより格段に黒い。光を吸収するようなものではないけど、光を受けてもその黒は揺らがず。
魔剣にふさわしい黒になったと思う。
「普通にしてたら色は落ちないだろうけど……とりあえず強く熱して焼き付けておこうかな。薄いと調整フェイズで研いだ時に削れるかもしれないしね」
刀身部分を金床に宛てがって、ダイヤルを一気に回転させる。
金床の色が一瞬で変化し、それに伴ってジッと強い音が剣から響いた。一拍おいて剣を持ち上げ、もう片方の面に対しても同様のことを行う。
見た目上の変化は薄い。何となくでやったことなので効果があるか自体分からないけど、特にデメリットもなさそうだしいいか。
「で、最後にこれの出番」
私が魔剣ヴィドランゼを作るきっかけとなったキーアイテム、啜血球。
血を啜る器官というのだから臓器に近いもののように思えるけど、その表面は硬く、飴玉のような感触だ。見た感じ、ガラスのような外壁によって内部の器官が守られているという構造になっているらしい。
そこからどうやって血を啜るのかは分からないけど、まあその辺はゲーム的な処理がなんとかするのかな。
刀身と柄の接続部。左右に伸びる鍔の交わる、剣の中心部。そこにあらかじめ空けておいた空洞へ、私は啜血球を収め——その瞬間、刀身に赤黒い線が走った。
「えっ」
『!?』
『!!?』
『何だこれ』
赤黒い線は形成段階で彫った樋に沿って伸びていき、そのまま切っ先付近まで達すると、一瞬強く白い光を放った。同時に強く熱された様な音が響く。
手に取って確認してみると、赤黒い線は両面に存在し、起点となった啜血球は剣にがっちりと固定されていた。
啜血球を固定するためにどう金床を使おうかと思っていたけど、自分から固定してくれたみたいだ。
「これは予想外だけど……良いね。魔剣っぽさが増した気がする」
恐らくは、生物でいうところの血管。刃に付着した返り血を啜り、コアに送るためのものなのだろう。
想定外のことに驚いたけれど、正直、黒一色では若干物足りない様な気もしていた。別の色を加えることで逆に締まった印象になるというのは覚えておこう。
と、ひとまずこれで重要な部分は全て終わったので、ここからは調整フェイズに入っていく。
全体のバランスを見ながら調整していき、砥石で剣を研ぐ。手に吸い付く様な材質の大蛇の黒皮は柄の部分に巻いていき、握りやすさとデザイン性を両立させる。
そのような作業をそれぞれ丁寧に行っていき……
「……よし、完成!」
『8888888888』
『めっちゃ魔剣っぽい!』
『良い感じじゃない?』
『乙』
『普通に欲しい』
コメントの評価も良い。というか、私自身がこの武器を気に入っている。手探りではあったけど、うまくいって良かった。
というわけで早速名前を付けよう。
そう思ってウィンドウを開いた私の身体を、強い横揺れが襲った。
「わっ!?」
クラーケンの時の比では無い。馬車そのものが突き飛ばされたかのような衝撃に、私は剣を取り落とさないように咄嗟に防御姿勢を取った。
使わなかった素材や工具が床に叩きつけられ、大きな音が響く。
何があったんだろう。
焦りつつ外に出ようとした私がドアノブに手をかけるより早く、ドアが開く。
そこに立っていたのは、傷だらけになったヘルメスだった。