第十八話 好敵手候補
素材箱からアイテムを取り出して、素材台に並べて行く。
啜血球と波打つ大角、柄に使う蒼黒骨を一つずつ。
暗がりの輝石や夜魔の翼、痆鬼の角に大蛇の黒皮など、それっぽいアイテムを取り出して、大角のキャパシティを考えつつ配置する。
ベースを覆う金属は色合いを考えてフィール黒輝鋼にすることにした。
「んー……どうしようかな」
どうしても、出来ることには限界がある。
波打つ大角はレオーネ周辺で入手できるものらしく、つまりはこれが現状の最前線のアイテムで、それゆえにこれを超えるキャパシティを持つアイテムはほとんど存在しない。
もちろん波打つ大角を使うのは出血付与のスキルを付けるためと言うのが大きいけど、仮にもっとキャパシティを増やしたいと考えたとして、これ以上のものは手に入れられないはずだ。
アイテムに関してはシダもトッププレイヤーから買っているわけで、そのトッププレイヤーがレオーネから先に行けていないのなら入手する手段はないし。
まあ、限られた条件の中で最高のものを作るというのも武器職人の仕事か。
「よし、大体こんな感じでいこう」
一先ず、形が見えてきた。
ここから先は作りながら調整して行けばいい。
素材台から波打つ大角と蒼黒骨を取り出して金床に並べ、出力を一気に上げる。
左手で持ったトングで大角を固定し、ハンマーで《フルスイング》を使って何度も叩いて行く。
今回は《フィクスマテリアル》は使わない。あれは形を整えたいときにはあまり融通が利かないので、合金を作ったりするときに使うべきものなんだと思う。
『一定のリズムで響くから作業用BGMに使いやすいな』
『実際そう言う需要はありそうだよね。普通の配信者より全体的に落ち着いてるし』
『初見。武器職人?』
『集中力凄まじいな』
視界の端、ウィンドウにコメントが流れていく。
応援してほしいと言ったはいいけどほとんど見れてないな。でも、なんというか……今は武器を作るのがただただ楽しくて、他の部分に気を配る余裕がない。
コメントは後で読もう。
「ベースはこんな感じかな」
一度イグニスプラーガで試し打ちしたおかげでだいぶコツを掴めた。前回よりも早く、そして綺麗に形を作れたと思う。
……で、ここからが本番。
平らにした大角に、フィール黒輝鋼を重ねるように並べる。出力は500。叩いて整形し、剣と呼べる形状へと変えていく。刀身の中央には、流れに沿うように『樋』と呼ばれる溝を掘り、デザイン面を工夫するとともに軽量化を図った。
角や翼は鍔を形作るように並べ、暗がりの輝石は柄頭に。それぞれ出力を調整し、剣の一部にしていく。
翼は左右非対称にしてもいいかと思ったけど、全体を見たときにアンバランスになりすぎてしまう可能性もあると思ったので、左右対称とした。
そうして一通りの作業を終え、最後に[啜血球]を埋め込むのみとなったとき――私の脳内を若干の物足りなさがよぎった。
「もう少し黒くなってほしいな……」
真っ黒な刀身をイメージしていたけれど、フィール黒輝鋼は思ったよりも灰色がかっているようだった。恐らくは、光を反射……いや、吸収しているのかな。
原理はともかく、完全な黒ではないことは確かだった。
性能には関係のないところだけど……やっぱり他のパーツとの色合いを考えるともっと黒くしておきたい。
確かに性能は重要だけど、私の中での評価軸は武器の外見と設定だから、実際に使って強いかは正直どうでもいい。まあ、もちろん強いに越したことはないけど。
「何かないかな……」
イグニスプラーガの時にやった、フィール輝鋼で炎の文様をつけるようなやつはキャパシティ的に難しい。
素材箱を探そうにも、数が多すぎる。じゃあどうしようかと考えて……ふとコメントが目に入った。
『聖墨血で色を乗せればいい』
「……聖墨血?」
それが何なのか、字面からは分からなかったけれど、やけに確信しているようなそのコメントを見て、私はすぐに素材箱を開いた。検索窓に入力し、検索。
果たして、目当てのものはすぐに見つかった。
――――
[聖墨血]
天魔の聖獣から手に入る黒き血。
水よりも清いその血が噴き出し、敵を黒く染め上げたとき、聖獣は初めて明確な悪としてその者を断ずる。
――――
「これか……」
『色を付けたい部分を緩く変質させて、聖墨血を馴染ませる。繊細な作業だけど、貴女なら出来るでしょ』
「アドバイスありがとう。……詳しいみたいだけど、この道のプロ?」
『いいえ、貴女と同じ道は歩んでいない』
それから若干の間をおいて、同じIDがコメントを残した。
『それでも、貴女は私のライバルになり得る。もっと強くなればだけど』
「ライバル……」
顔も知らない相手から宣言されたその言葉は、なぜか脳裏に残って。
そのせいかは分からないけど、コメントが一気に増えたことに気付くのが遅れてしまった。
『このIDってエボニー嬢のじゃね!?』
『マジか』
『偽物じゃないのか?』
『IDからチャンネルページ飛ぶぞ』
『本物じゃん!』
私の配信ではE-Vaultのシステムを使っているため、コメントの横にはその人間のIDが表示されるようになっている。
今、私に一連のアドバイスをした人のIDは[EBONY-Gride]。IDからはよくわからないけど、結構な有名人だったらしい。
……ん? エボニー?
「エボニーって……防具職人の?」
『YES』
『その人や』
『あの人この配信見てたのか……』
『なんかすごいところを見た気がする』
エボニー。ついさっきその名前を聞いたばかりの、私と同じく生配信をする生産職。
少なくとも私よりも早くからこの世界に足を踏み入れていた存在で、かなりの有名人。
そんな人が私の配信を見て、仮にもライバルになり得ると言ってくれたんだ。
……いいね。燃えてきた。
素材箱に入っていた聖墨血は、小さな瓶一本のみ。
この刀身を黒く染め上げるために足りるかは不安だけど……私ならできる。
そう確信して、私は金床のダイヤルを回した。