第十七話 フレーバー
「ヘルメスさん! ちょっと手伝ってほしいです!」
夜想剣を作り終えたあたりで、不意にシダの声が聞こえた。
どうしたんだろうと私が言うよりも早く、ヘルメスは立ち上がって答えた。
「ギミックか。ここは流石に精霊馬でも越せないようだな。すぐに行こう」
「ギミック?」
「ああ。ここのは中ボスのようなものだったはずだ。もう一つ、ここと対になるエリアに輝彩洞窟フォラエラというものがあるんだが、そちらでは岩を破壊して進むようなギミックがあった。要はエリアボス以外の避けて通れないもののことだな」
『本当はこれ以前のエリアにもあるんだけど多分精霊馬の脚力で振り切ってた』
『精霊馬強くない?』
『一度通った道じゃないと使えないから純粋な攻略には使えないけどな』
「確か、蒼炎火山のギミックはかなり終盤にあったはず。そろそろエリアボスも近いかも知れないな。――ああ、楽しみだ」
そう言いながら、ヘルメスはアルケヴル・キーを持って馬車の外に出ていった。
なんかわくわくしてる感じだったな。まあ、私が武器を作るのと同じようにヘルメスもモンスターと戦うのを楽しんでいるんだろう。
『ところで、フレーバーテキストとか書かないの?』
「フレーバーテキスト?」
ふと目に留まったコメントを読み上げる。
フレーバーテキストというと、トレーディングカードゲームなんかによくあるやつか。
特に能力に関係あるわけではないけど、その武器やアイテムなどに物語的な説明を加えることによって世界観に深みを持たせるようなもので、例えば先ほど夜想剣に使った[カルジール純聖銀]の説明にあった「カルジールに埋葬された聖人の力によって聖なる力を宿している」という一文がまさにそれだ。
武器につけられたフレーバーテキストは個人的にもかなり好きだけど、自分でつけるというのは考えたこともなかったな。
「確かに、つけられるのならあったほうがいいよね」
試しに夜想剣の武器ステータスを開いてみる。武器のステータスや制作者名が書かれたその最下部に、空白のスペースが存在していた。
他の武器にはここにフレーバーテキストが書いてあるらしい。この部分にも、製作者名と同様に編集マークがついている。
とりあえず編集をしてみようと思ってマークに触れると、初回のポップアップらしきものが出てきた。
――――――――
フレーバーテキスト/英雄譚システムについて
フレーバーテキストとは世界観を表現するための文章のことです。
武器やアイテムなど様々なものに存在し、製作者はフレーバーテキストを編集することができます。
また、フレーバーテキストには、英雄譚システムが存在します。
英雄譚システムとは、所有者の行動によってフレーバーテキストに新たな記述が追加されていくというシステムで、これによって記述された文章のほとんどは特殊な効果を持ちませんが、稀に付与効果を生じるワードが記述されることもあります。
――――――――
「英雄譚システムっていうの、面白そうだね。特殊効果付きのワードって何があるんだろう」
『今のところワードが付いたって報告なくない?』
『まあぶっちゃけ今後装備は更新されていくわけだし、今ついてもな』
『予想ではユニークモンスターとか倒したときに付く説があったな』
『エンドコンテンツって感じ』
「まあ、稀にって書いてあるもんね」
そう簡単に出てくるようなものではないらしい。
「じゃあせっかくだし、夜想剣にフレーバーテキストつけてみようか。正直私だけだと上手くできなそうだし、ここは視聴者参加型ってことで、良さそうな案を拾い上げていくような形にしようかな」
『いいね~』
『安価にしようぜ!!』
「安価?」
『いくつ先のコメントにするかを指定するやつ』
『E-Vaultの配信機能にあったよね』
『五つ目って指定したら五つ目のコメントに書かれてた内容にするって感じ』
『安価は絶対!!!』
「……それ絶対めちゃくちゃになるやつじゃん」
『それはそう』
『大抵ひどい結果になる』
『ヤバい奴でも従わないと荒らされるらしい』
「そんなもの勧めないで」
流石に大変なことになりかねないので安価は却下。もっとアナログに、目に付いたものを拾う形式ってことで。
良さげなのがあったらそこから私が膨らませていくってこともできるし。
「そんなわけで、みんなそれっぽい言葉どんどん書いていって」
『深く青き空から齎された星の雫』
『夜をその身に封じた聖なる剣』
『その剣閃は美しく、見るものに星夜を想起させる』
「え、みんな本職なの??」
急にそれっぽい言葉が大量に出てきて思わずたじろいでしまった。
みんな中二病経験者なのかな。ちなみに私は現実と創作をしっかり区別できる中学生だったので中二病にはならなかった。知識はその時期にめちゃくちゃ仕入れたけど。
『流れ星を精錬して作られたと言われている』
『鶏肉を切りやすい』
『投げると、よく飛ぶらしい』
『その刀身が青いのは、キミの笑顔を見たいから・・・・・・』
「ふざけ始めたな?」
こうなるだろうなとは思ったけど。キミの笑顔が見たいから・・・・・・じゃないんだよ。
まあ、みんな意外と真面目に考えてくれているので、思ったよりもいい感じになりそう。
そんなこんなで出来上がったのがこちら。
――――
夜想剣ニュイ・エトワール 製作者:ユーカリ=スターク
夜をその身に封じた聖なる剣。その軌跡に流れる蒼き閃光は、見る者に星夜を想起させる。
――――
シンプルだけど結構いい感じ。若干文章に手は加えたけど、ほとんどコメントそのままだ。ある程度自分で決められたらなとは思うけど、こういう視聴者も参加できるような仕組みはあったほうがいいと思う。
「さて……じゃあ次の武器に移るわけだけど。作っちゃおうかな、魔剣ヴィドランゼ」
『おお!』
『やっと作るんだ』
「ある程度経験は積めたと思うしね。せっかくだし、作っちゃおうと思って」
レベルも上がってきたし、いい感じにスキルも覚えた。
レオーネについてからやろうと思っていたけど、ここでやっても問題ないだろう。
キーアイテムは啜血球。ベースアイテムは波打つ大角。その他にも、見るからに闇属性強化が付きそうなアイテムにあたりをつけてある。
準備は完璧だ。
「みんな、応援してね。頑張るから」
『当然じゃん』
『背中は任せとけ』
『がんばえー』
『この配信宣伝してくるわ』
うん。なんというか、配信するのは正解だったかもしれない。
一人で黙々と作るのもいいとは思うんだけど、私の場合は配信から結構インスピレーション受けてるところあるしね。
視聴者からの声援を受けながら、私は魔剣ヴィドランゼに着手し始めたのだった。