第十四話 聖騎士
逃げていったシダを追おうと思った私だったが、『お先にログアウトします!!!!!! お疲れさまでした!!!!!!!!』と文章なのに爆音が響いてきそうなメッセージが来ていたので、ひとまず休息をとることにした。
メニューからログアウトを選択すると、数秒の待機時間の後、[ログアウト処理が完了しました]という表示が出て視界が暗転する。
それと同時にヘッドギアが顔に覆いかぶさる感覚がして、自分の感覚が現実に戻ったことを知覚した。
ヘッドギアを外し、両手を高く伸ばしたり肩を回したりして全身を解す。
一日くらいログインしていたような気がするけど、ゲーム内では現実の三倍の速さで時が進むので、ログアウトしてみると数時間しか経っていなかった。
このシステムは今ではほとんどすべてのゲームに備わっているけど、正直まだ慣れない。何というか……24時間が曖昧になってる感じ?
数年前から使われている技術とはいえ、毎日同じ時間ログインしているわけじゃないので体感時間は日によって変わるし、仕方ないことなのだろうけど。むしろこの感覚が消滅したら廃人の仲間入りなような気もする。
さて、現実でやるべきことを終わらせて、午後七時。
待ち合わせの時間については既にチャットでシダと話してあって、本当ならもう少し後でログインしても全然間に合うのだけど、フレンドリストを見てみるとシダが既にログインしていたので私も早めに乗り込むことにしたのだった。
――――――
[〈Alisphere Fragments〉にログインしました]
そんな表示が出て、私はさきほど馬車をとめた噴水の広場にスポーンした。丁度ここがスポーン地点だったらしい。
見てみると、シダは既に馬車のそばに立っていた。……もしかして、私が来るまでああやって待ってるつもりなのかな。約束の時間までゲーム内時間であと1時間ちょっとあるんだけど。
「あ、先生!」
「ごめん、待った?」
「いえ、今来たところです!」
「そんなに堂々とノータイムで言われると嘘だとわかってても怯んじゃうな……もっと遅く来ても良かったのに」
「先生を待たせたくはありませんでしたし……」
「そんなに気を使わなくてもいいからね?」
成り行きで契約関係になったわけだけど、私としてはもっと対等な関係になりたい。
もちろんシダの資産がなければ私は好きに武器を作れないし、私が武器を作ることこそがシダの望みのようだから、契約の上では一方的になっているというようなことはないけど、単純にシダが私に尽くそうとしている感じなのが、個人的には少し複雑な感じだったりする。
それだけ思ってくれているということだからうれしくはあるんだけど、正直度が過ぎていると感じることもよくあるから。
まあ、私が施されることに慣れていないというのもあるような気もするけど。
「……で、何するんだっけ」
「次のエリアに行くための人探しですね! 一応条件にあった人にはもう声をかけてあるので、今から会えるか聞いてみます!」
そこまで済ませてたんだ。本当に休息とったのかな。
まあ、そんなわけで、私たちはカンセールの内部の区域へとやってきた。
件のプレイヤーに関してはシダがある筋から雇ったらしく、配信に顔が映ったりするのも問題ないと言っているらしい。ある筋って何?
「ちなみに、何ていう人なの?」
「確か、ヘルメスって人だったはずです。人づてのことなので私は会ったこともないんですけど、聖騎士みたいな外見の人みたいですね」
「聖騎士みたいな外見……まあファンタジーだしそういう人はまあまあいそうだけど」
MMOなので割と奇抜な格好の人は多いけど、その中でも目立つくらいなのかな。
なんて考えながら訪れた待ち合わせ場所にいたのは、白い甲冑の騎士だった。白銀の盾と剣を背負い、腕を組んで立つその姿は、なるほど、確かに「聖騎士」という呼び名がしっくりくる。
装備自体はファンタジーなのでおかしくはないのだけど、ここまで重装備のプレイヤーは見渡す限り存在しておらず、そのせいで若干浮き気味だ。
流石にあの人以外にいるとは思えないので声をかけることにした。
「こんにちは! ヘルメスさんですか?」
「ああ。君たちが依頼主か?」
甲冑の中から響いてきたのは、凛とした女性の声だった。甲冑の中からでもクリアな声が聞こえてくるのはゲーム故か。
「はい! シダ=マリです!」
「ユーカリ=スタークです。よろしく」
「ああ、よろしく頼むよ。……と、済まない。兜を外すのを忘れていた」
そう言って、彼女は頭部を覆っていた銀の兜を外した。同時に、西洋人風の端正な顔立ちと、後頭部でまとめたブロンドの長髪が現れる。
「ヘルメス=ヴィングレイスだ。種族は鎧身族、職業は聖騎士。ヘルメスでいい」
腕装備を解除しつつ差し出された手を握る。
「さて。依頼内容は『蒼炎火山アンティシア』走破の手助け……で、良かったかな」
「はい! 先生——ユーカリさんをレオーネまで連れて行きたいんですけど、アンティシアのエリアボスは私一人では倒せなくて」
「なるほど、把握した。本来ならば複数人で討伐すべき相手だが、安心して欲しい。受けた仕事は全うするつもりだ」
なんか安心感が凄い。流石は聖騎士って感じだ。
確か、聖属性という特殊なものを付与できそうな素材があった気がするので、もし機会があれば、いつか彼女の武器を作ってみたいなと思う私だった。