第十三話 パステルカラーの街並みに
クラーケンのエリアから出てすぐに、足元に伝わってくる振動が変化した。
窓から外を見ると、流れていく景色は徐々に減速していき、ちらほらと人の姿を映すようになっている。
街が近いんだ。そう確信した私の視界に、メッセージが表示された。
[芸術の都 カンセール]
「ほんとに速いね」
『シダPがいる時点で強くてニューゲーム的な感じだしな』
『普通はマップ探索して街見つけてワープ地点登録して敵倒してマップ探索して……っていうのを繰り返す感じだけど、全工程すっ飛ばしてるし』
『まあ、初期組も三つ目の街まで行くのは早かったしな。問題はここからよ』
シダも、次からは一人じゃ無理だと言っていた。
MMOと言えば、メインはそれほど難易度が高くなくて、いわゆるエンドコンテンツのようなやり込み要素になっていくほど難易度が高くなっていくようなイメージだけど、このゲームはメインから結構歯応えがあるらしい。最近はこういうのがスタンダードなのかな。
まあ、私は武器を作るだけだけど。
さて、窓の外を見てみると、流れる街並みは芸術の都らしく色鮮やかで、絵画のように美しく、思わず見惚れてしまうほどだった。
現実にあったら凄い観光地になってるんだろうな。
そんな淡いパステルカラーの建造物が連なる海岸沿いのエリアを馬車は行き、やがて噴水のある広場で停車した。
「綺麗なところだね」
「ですね! 全体的にイタリアっぽい感じで私も好きです! 撮影スポットとしても大人気らしいですよ」
『お洒落勢の聖地じゃん』
『モチーフとかあるのかな』
『カンセールはいくつかのエリアがあるけど、この海岸沿いのエリアは多分ポジターノがモチーフだな。イタリアのやつ』
『こういうところでヴェネツィアがモチーフにならないの珍しい気がするわ』
『まだたどり着いてない街にヴェネツィアモチーフの街がある説はあったな』
「ところで、先生はどこか行きたいところとかあります?」
「ちょっと武器屋とかは見てみたいかなって思——」
私の話を遮るようにピコンと音を立てて、視界の端にメッセージが表示された。
「ん……空腹みたい」
このゲームには——というより、今発売されている全てのゲームには、生理現象に関する情報がアナウンスされるシステムが備わっている。
空腹とか尿意とか眠気とか、ヤバくなる前に段階的にアナウンスが入るようなシステムで、本当にヤバくなったら強制的にログアウトされるようになっている。
これは、痛覚再現の上限や表示の義務化などと共にフルダイブ関連法案として明確に定められていることだ。
まあ、排泄関連のアナウンスとか無いと大惨事になるだろうし、熱中しすぎて栄養失調になるとかも起こりかねないので当然のルールだと思う。
ちなみに現実での電話や来客などについても設定さえすれば教えてくれるようになっている。かなり便利。
「ちょうどリアルは昼っぽいし、一旦ログアウトしようかな」
「分かりました! じゃあ、私もそろそろ生理現象誤魔化すのも難しくなってきたのでログアウトすることにしましょうか」
「そういうのは誤魔化さない方が良いんじゃない……?」
どう考えても身体に悪いので抗わないでほしい。
「……というわけで、今回の配信はここで終わりにしようか。まあ、勝手が分からなくて何回か切ったから今回だけで三つ四つくらいアーカイブ上がってると思うけど、一応全部ひっくるめて初配信ってことで」
『乙』
『乙〜』
『メンバー登録しました』
『次回も楽しみ』
流れてくるコメントを見つつ、配信終了ボタンを押す。
配信が終了してもコメント欄は少しの間解放されているようで、見てみるとまだ賑わっていた。
「視聴者数は……100人行ってないくらい?」
「最初としてはかなり凄いと思いますよ! 今注目されてる〈Alisphere Fragments〉の配信で新規ランキングに乗れたのが良かったんでしょうね。配信内容も競合しないでしょうし、多分これからどんどん人気になって行きますよ!」
人気になっていくのは、まあ……嬉しいかな?
正直、人が増えたとしてもやることは変わらないと思うし、あまり増えすぎてもコメントの流れについて行けなくなりそうな気もする。
当然メリットもあるとは思うけど、現状そこまでモチベがあるわけでもないし……どうしよう。
「……シダは、私が人気になったら嬉しい?」
「はい、勿論です!」
「そっか。じゃあ頑張るよ、シダのために」
「わたっ……」
シダの顔がだんだん赤くなっていく。
何か誤解させるようなこと言ったっけ……いや、言ったな。シダのために頑張るって。
「わ、私のことは良いんですっ! 先生は先生のために頑張ってください!」
「でも、自分のためって考えるとモチベが続かなくて……」
武器を作ることならともかく、配信に関しては、やっぱり自分のためという観点では継続しにくい。
「でも、誰かの為にやることなら頑張れると思うんだ。だからシダの為にって思ったんだけど……だめかな」
私がそう言うと、シダは口をぱくぱくさせながら抗議するように手をぶんぶんと振り回して、それから——
「天然ジゴローーっ!!!」
「えっ!?」
そう叫んで、どこかに走っていってしまったのだった。
正直配信面に関しては普段あまりtwitchとか見てないというのもあってかなり勘で書いてます