第十二話 金は天下を廻る物
エリアボスとの戦闘態勢に入ったシダを見つつ、私は呟く。
「倒せるのかな」
若干のデフォルメが入っているとは言え、相手は巨大なクラーケンだ。大商人が戦闘職なわけがないし、正直言って勝てるのか疑問ではある。
もちろん、私はシダのことを強く信じているけれど、いくら信じたからと言ってシステムは覆されるようなものではないし。
「商人って攻撃するようなスキルある?」
『ないんじゃね?』
『無い……わけではない』
『あー、アレか。アレ使うのか? マジで?』
『既にシダPならやりかねないという信頼がある』
『邪悪な信頼だ……』
「?」
コメントを見る限り、視聴者の中にはシダの意図に気付いているらしき人がちらほらと存在しているように見える。
それが何なのかを聞こうとして、不意にシダが懐から何かを取り出した。
鈍色の皮膜に覆われた、小瓶のような物体だ。
フィールドを形作るように円状に伸ばされたクラーケンの二本の腕の片方を前に、シダはその容器の蓋を外し、傾ける。
すぐにその口から緑色に強く発光する謎の液体が滴って、クラーケンの腕にぼたりと零れ落ち——焼き焦げるような音と共に大きな穴を空けた。
「「ボォォォォオオオオ!!!!」」
何処から声を発しているのか、クラーケンは船の汽笛のような低い音を撒き散らしながら暴れまわり始めた。
残りのゲソをバタバタと蠢かせ、ひたすらに墨を吐くが、それでも二本の腕は動かない。モンスターというわけではなく、オブジェクトの一つなのでは……と思ったけど、シダの薬品らしきもので本体にもダメージが入っているようだし、そういうわけでもないらしい。
『効果つっよ』
『これアレじゃね、防御値下限にするって言われてるやつ』
『あれめちゃくちゃ高くなかったっけ……』
『少なくともこいつに使うようなものじゃない』
自分がこのゲームを始めたのは発売日から一週間ちょっと経った頃だけど、このゲームでは現実の三倍の時間を体験できるようになっているので、初日に始めた人とは大体一ヶ月程の差があることになる。
それ故に平均的な所持金とか相場とかはさっぱりなのだけど、コメントの反応を見るにかなりヤバいことをしているらしい。
なんて考えているうちに、シダはミルキーウェイを手に取って、それから更に行動を重ねた。
「二十万リィン消費、《ゴールドキャスティング》!」
その言葉と共にミルキーウェイは黄金に包まれて光り輝き、そして——
「三十万リィン消費——《ゴールドラッシュ》!!!」
シダを中心に現れる、無数のミルキーウェイ。その全てが黄金に覆われていて、それらは一斉にクラーケンの傷口に殺到した。
刺し穿ち斬り裂く黄金の嵐。その奔流は十秒ほど続き、それが終わった頃には、クラーケンは既に事切れていたのだった。
「終わりました!!」
「えっと、なに今の」
「現状作れる最高の薬剤で防御値をすごく下げて、それから合計五十万リィン消費してボコボコにしました!」
「すごい。何を言ってるのかは分かるけど意味が全く分からないや。脳が理解を拒んでるのかな……」
『俺商人だけどそんな技ないぞ』
『特定の非戦闘職で資産が一定値を超えると習得クエストが出るらしい』
『名前はよく聞くけど初めてみた』
『理論上最強戦術の一つだな……マジでやってる人いたのか』
「理論上最強戦術……」
『金を増やしまくって財産全ツッパのゴールドラッシュ全当てこそ最強』
『なお破産するので机上の空論』
『ぶっちゃけ対モンスターだと最強でもなくない? 基本全当てとか不可能だし。対人なら防御値とか低いしその辺りはどうにかなるだろうけど』
『てか他にもあんの?』
『詠唱破棄型ルーゼカで遊撃するやつとかね。アクセと種族特性で行けそうな組み合わせは見つかってるけどプレイヤーが追い付いてない』
既にそういう理論みたいなのが出来てるのか。まあプレイヤー人口すごく多そうだし、そうなると議論も活発になるのかな。
今人気なMMOといえば、例えば〈SKY SCAR ONLINE〉とか〈Eschaton Saga〉とかがあるけど、そっちのプレイヤーがアリフラに移住してるって話もよく聞くし、サービス開始直後というのもあってこのアリフラは現状もっとも賑わっているMMOだと言っても過言ではないと思う。
『シダPそれ普段から使ってんの?』
「いや、普段使いは無理です。ゴールドラッシュって全部当てる勢いじゃないと効率最悪なんですよ。今回は腕がフィールドを作るためにオブジェクトみたいになってたので全弾当てられましたけど、こういうパターンは稀ですからね。それに流石の私でもこの消費は痛いです」
いくらシダでも50万は痛かったらしい。
ちなみに私の所持金は1200リィン。文字通り桁が違う。
「ところで、50万がどのくらいなのかよく分からないんだけど、それだけあれば人雇うくらいなら出来るんじゃないの?」
「それは確かにそうなんですけど、自分で解決できることは自分で解決したいので……人と関わるの苦手なんです。先生は全然平気ですけどね?」
「まあ、シダが良いなら良いんだけど。確か次は人雇うんだよね」
「そうですね。次はゴールドラッシュ戦法が効きませんから仕方ありません」
そう言いながら、シダは馬車の御者台に腰掛けた。
「さあ、次は芸術の都カンセールですよ! 人を探さないと行けませんし、カンセールでは一旦休憩を取ることにしましょう!」
「うん、分かった」
私が乗り込んだ直後に、馬車は動き出す。
窓の外に流れる風景を見ながら、私は次に作る武器のことを考えていたのだった。
ちなみにチャージは1万リィン単位です