第83話
『準備は出来たようだね、零ちゃん』
「はい。教えて下さい。歩美と湖都美さんについて」
諒花はスマホで花予に繋ぎ、それを零が耳に当て、諒花もイヤホンをすることで花予の通話が聞こえるようにして話を聞く体制を作った。
『まずこちらから一つ質問だ。歩美ちゃんからどうやってその名前を聞いたんだい? 歩美ちゃんもあたしと同じで零ちゃんには隠してきたから話すはずがないんだよ』
「そ、それは──」
零は恐る恐る、先程オランジェリータワー屋上での出来事を花予に説明した。屋上に現れた女騎士を追いかけた。それがまさかの歩美であり、湖都美を生き返らせようとしていることを。そして、最終的に青山の方角へ向かったことを。
依然、女騎士を諒花と零と思い込んでいる滝沢家の誤解も妹の滝沢紫水の協力で解けるため、歩美に備えるべく、また、その影にいる歩美をこのようにした黒幕を突き止めるため、これから青山に向かおうとしていることも伝えた。
『そうか……これはとんでもないことになってきたな……大変だったね』
最初は『なんだって』と、目を丸くした花予も何かを考え、落ち着いて静かに優しく言った。
『実はさ、零ちゃんは知らなくて当然だけど、歩美ちゃんが湖都美さんを生き返らせようとするのも無理もない話なんだ』
「諒花からは歩美のお母さんは、歩美を産んだ後に亡くなられたと聞きました。それで湖都美さんが歩美のお母さん代わりだったということも」
『そう、だからだよ。あの娘にとって、たとえ離れて暮らしていても、甘えられる家族は湖都美さんだけだったんだ。……ちょっと昔話をしようか』
零にとっては初めて聞く話。その内容をより鮮明に知るため、横で聞く耳を立てる諒花もじっと耳を傾ける。
時は七年前の2017年へと遡る。諒花が同じ学校で歩美と仲良くなったことで花予と湖都美にも親交が生まれた。その年の11月末、オランジェリータワーのレストランにて四人で食事をしたことに始まり、その後も遊んだり食事に行ったり楽しい関係が続いていた。
だが二年後の2019年、諒花も歩美も三年生になろうとしている春に湖都美の都合で歩美は突如大阪に引っ越すことになる。諒花とは会えなくなっても、花予はスマホを通して欠かさず湖都美と交流を続けた。
オランジェリータワーのレストランで会食してから数日後の夜。子供たちに内緒で夜中に二人で飲みに行かないかと湖都美から連絡が来た。そこは渋谷にある個室制の居酒屋。会話は外には一切聞こえない。
『あたしは最初は水入らずで湖都美さんと話せるかなと思って諒花寝かせた後に行ったんだけど、そこで衝撃の事実を聞かされたんだ──』
思わず、唾をゴクリと飲んだ諒花と零。その事実に驚愕することになる。
湖都美は自らを異人であることを初めて名乗ったのだ。その証拠、何度か顔を合わせているうちに諒花の内に眠るチカラの質にいち早く気づき、自らも成り上がりではあるが稀異人であることを花予に打ち明けた。その後、幼い頃から強力なチカラを内包する諒花を育てる上で秘密裏に時に相談に乗ってもらうようになったという。
亡き姉夫婦を継ぐ形で諒花を引き取ったが、異能に関しては素人で亡き姉のツテで専門の医師などに相談したりしていたが湖都美ほど身近な存在は、花予にとってはかなりありがたかった。
たまらず、諒花は零にジェスチャーし、変わるよう懇願、スマホを受け取り、
「ハナ! どうしてそれ今まで教えてくれなかったんだよ! 湖都美さんともっと仲良くなれたかもしれないのに……」
『ごめん、諒花。それがさっき言った湖都美さんの秘密なんだ。絶対言うなって口止めされたんだ。零ちゃんにも内緒にしたのはね、同じ異人であるあんた達と湖都美さんを守るためだ』
「守るため……?」
隠すことで守る理由になるほどまで湖都美は特殊な存在だったのか。それだけでは浮かばない。花予は話を続ける。真夜中の飲み会で酒を交え聞いた話を。
そもそも、湖都美は関西にひしめく有数のお金持ちの家の一つ、笹城家に生まれた令嬢の一人である。長女である湖都美は実父からゆくゆく家督を継ぐ後継者候補筆頭、更に幼少期から異源素、即ち異人としての素質を持つ人間であった。
関西には金持ちで代々一人はチカラを持って生まれることの多い家がいくつか点在し、笹城家もその勢力の一つだ。
笹城家は表向きでは家電量販店を日本各地に構えているが、古くからのお約束と言わんばかりに金持ちの家の者の命を狙う輩はどこにでもいる。ましてや次期跡取りである湖都美は異人でもあるため、裏社会に巣食う邪な者たちも引き寄せる。
常に命を狙われながらも12歳も年が離れた妹歩美を、亡き母に代わって敵にも悟られないように面倒を見続けた。
湖都美の命を狙う輩が彼女と親交がある人間を人質にしたり、危害を加えてでも湖都美を釣りだそうと画策してくるかもしれない。敵もどこに潜んでいるのか分からない。最悪、歩美にも危険が及ぶかもしれない。
もはや、湖都美の存在を極力知られないように、花予には徹底した秘密管理をする以外方法はなかった。亡き姉に代わって見てきた実の娘同然の姪、そしてその友達にも嘘をつかねばならないほどに。
諒花と零。二人も同じく異人だ。湖都美の存在が知れれば、彼女の抱える問題に二人を巻き込みかねない。特に諒花ならば湖都美のことを助けたいと言い出すことは想像に難くなかった。
巻き込まれれば強力な異人と鉢合わせするかもしれない。そうなれば二人を守りきれない。
最悪のケースを回避する。そのためにも何も戦うチカラも持たない花予の唯一の防衛術は不必要な情報を与えないこと。それだけであった。
『こんな所さ。湖都美さんのためにも、異人として、一人の人間として成長していく諒花にも隠す必要があった。だからさ、一か月前にその訃報が来た時、あたしはガセであることを願ったよ』
「ちょっと待てハナ、一か月前のあの出張ってまさか──」
急にその時の出来事が頭に過った。そういえば一か月前の九月上旬、歩美が家庭の事情で一週間半学校を休んだ時、実は花予も仕事による出張で同じ期間家を空けていたのだ。
そして湖都美が死んだのも一か月前。
『そうさ。二人に内緒で湖都美さんの葬儀に行ってきたんだ。歩美ちゃんと二人でね──』