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第80話

 花予が諒花に湖都美のことを零に話すなと口止めする理由。それは彼女を傷つけてしまう以外にも何か別の重大な理由もあるのではないか。

 浮上する疑念。当事者である歩美の口から今まで黙っていた湖都美の名前が出た以上、この謎をハッキリさせたいのは初月諒花も同じだった。


「諒花は湖都美さんについてどれぐらい知ってるの?」

「うーん……」

 零に訊かれ、腕を組んで記憶の彼方に眠る情報を何とか引き出す。


「笹城家の長女で、母親のいない歩美にとっては本当に母親代わりだったことぐらいだな……」


 頭の中から出てきたものが思ったよりも少なかった。小1の頃なので物心はついていたものの、難しい言葉を理解出来ず、その場では覚えていても、しばらくした時にはいつの間にか記憶から抜け落ちていたという可能性もある。

 湖都美の笹城家での正確な肩書きは知らない。だが湖都美が歩美の姉と分かり、笹城家はお金持ちであること、湖都美が長女で歩美は次女であると花予に説明された記憶は古ぼけたアルバム写真のように残っていた。


「全てを知るのは花予さんだけか。……どうしよう。今すぐにでも湖都美さんのことを確認したいけど、かなり立ち入った話になりそう」

 零も黙りこみ、二人は会話をやめて俯く。情報を整理した今、すぐにでも電話して全てを明らかにしたいが、その余裕があるのか。

 これから腹を満たした後はそのまま滝沢家の本拠地、青山まで直行だ。話のスケールから見て、とても短い時間で話を聞けそうな内容ではない。その時。


「おう! 二人ともどうしたんだよ? 戦いの前の腹ごしらえだってのにしょげたツラしやがってよ」

「はい、これ! 注文通り、諒花にはダブルのチーズバーガーセットと、零にはベーコンエッグバーガーセット買ってきたよ! みんなで食べよ!」


 二人が揃って顔をあげると四角いトレイ二つを器用に両手で持っているシーザーと、トレイ一つを両手で持った紫水が立っていた。諒花と零の前に頼んだバーガーとポテト、キャップとストローつきの飲み物が乗ったトレイが置かれていく。


 スポーツドリンク系もあるのでそれでも良かったが、どうも先ほどの事件もあり、甘くてビタミン溢れるものが飲みたい欲求が勝ってしまった。飲み物の中身は氷でキンキンに冷えたオレンジジュースだ。


 いつも汗を流した後の水分補給はスポーツドリンクなのだから、たまには違うものを飲んでみたい気持ちが溢れた。因みに零はこちらとは対照的な普通のウーロン茶だった。


 では昼食だ──と、その前に。

「紫水、これ」

「ありがとう、紫水さん。あ、そうだお釣り……」

 領収書を見て、留守番をしていた二人はそれぞれの食費を支払う。が、零のさりげない一言で思い出す。忘れていた。お釣りの存在を。すると紫水は手を軽く振りながら、

「ああ、気にしないで。1000円札でいいよ。財布に余裕あるからこうして提案したわけだし」

 そう言って見せてきた水色の柄の財布は100円玉、50円玉、10円玉がポケットの中に余裕を持って積まれており、こちら二人分のお釣りを払うには十分だった。


「毎度ありー。じゃあこれお釣りねー」

 紫水はしっかりお金を受け取ると金額ピッタリのお釣りを手渡す。


「小銭は余裕持たせてるのか?」

「友達と割り勘したりするから意識はするかな」

 そんな会話を交わしながら諒花と紫水がテーブルを二つ繋げて四人で座り、昼食に入った。紫水は交友関係が広いのかもしれない。


「うめーっ、ここで食うならダブルてりやきバーガーに限るぜ。傷を癒すにはよお」

 ダブルのてりやきが挟まったバーガーを豪快に頬張るシーザー。口の周りに野菜がついているのもお構いなしで食べているのも豪快で好戦的なこの男らしい。

「やっとこの味にありつけるー、ダブルチキンバーガーはこのソースと噛み心地がたまらないんだよー」

 追試に加え、謎の敵との戦闘、紫水もようやくご飯にありつけるといった表情。

 シーザーはビールの入ったジョッキとほぼ同じ感覚でコーラを口に運び、紫水は水分をとりたかったのか、スポーツドリンクを飲んでいる。勿論、それは青く涼しげなラベルの貼られたアクエリウス。


 隣から小声で囁き声が聞こえてくる。

「諒花。歩美がああなった手掛かりを掴むためにも、湖都美さんのことは今のうちにハッキリさせておきたい」

 ベーコンエッグバーガーを静かに噛み、もぐっと飲み込んだ零だった。

「……そうだな」

 そっと静かに返事をする。ひとまず昼食を頂くことにした。だが今は二人で席を外しづらい。周りの様子を伺いながら腹ごしらえを続けた。



 諒花は頼んだダブルのチーズバーガーを完食し、他の三人もそれぞれのバーガーを完食。ポテトと飲み物だけが残った頃。


「それにしても……さっきまで敵対してたのにこうしてご飯って不思議だねー」

「オレもだ。あのメガネの電話がなかったら、そこの二人を今度こそまとめてズタズタにしてたぜ」

「本当ー? あたし強いから負けるつもりはなかったよ?」

「アァ!? 今度、赤坂のリングに殴り込んでやろうか? 滝沢の妹さんよ!!」


 向かいに座る紫水とシーザーが目と目で熱く火花を散らす中、いち早く花予に話を聞く方法を模索する。因みに辺りも他の客による雑音に満ちているため、こういう裏社会的な話をしても問題はない。零もさっきから黙っているが何か考えているのだろう。込み入った話だ、すぐには終わらない。

 零に任せっきりなのも良くない。どうしようかと考えに考えていた時、ポケットに入れてあったものがブルブル震え、こちらを呼びかけた。


 それを取り出す。スマホの画面に映し出された名前を確認して一瞬、目が見開く。

(わり)い、ちょっと席外すわ」

 そう言い残して、ひとまず足早に店の外にある歩道と道路の境にある適当な柵に腰掛けた。ある意味ちょうど良かった。


「もしもし、ハナか」

『もしもーし』

 スマホを耳に当てて挨拶するとその向こうからは件の花予の声がした。まるで現状に悩む自分の背中を押すようなタイミングだ。


『諒花。まだ三茶にいるのか?』

「あぁ、三茶。零も一緒にバーガー食ってる」

『そうか、ちゃんと食べてるようで良かった』

「何か用か?」


『いや、実はね、蔭山さんからの伝言が一つあるのと、こっちの状況が少し変わったから知らせようと思って』

 花予の声はどこか明るかった。良い話の予感がした。

「渋谷で何かあったのか?」

 思わず問い返した。その次の内容に期待が膨らむ。


「実はさ、あの滝沢ってヤクザの連中が突然撤収を開始したんだよ。二人を追うのを諦めてくれたみたいだ」

「マジか……! やった、これで一安心だな」

 もう渋谷で隠れて、警戒して歩く心配はない。花予や帰る家が狙われることもない。思わず軽く飛び上がる。張り詰めた気持ちが少しだけ軽やかになっていくのを感じた。



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