第76話
ビルの屋上から下へと続く薄暗い非常階段を四人、ぞろぞろと降りていく音が響く。後ろから零達の鋭い口調の、今にも戦闘に入りそうなギスギスとした会話が聞こえてくる。
「シーザー、言っておくけど私はあなたを仲間と認めた覚えはない。さっきまでと同じ。利害の一致で組んでることを忘れないで」
「ハッ、こっちもだ。三度もこのオレを倒したお前らはオレの獲物であることに変わりはねえ。この事件で二人とも死んだってなっちまったら、それこそオレが──」
「別に、あなたに守ってもらうつもりはないから。私は何があっても生き延びる。諒花のことも私が守る」
冷酷に、シーザーのうるさい口を鋭い一言で黙らせる零。
三度目は諒花の渾身の人狼の拳ワンパンだったシーザー。なので零は関係ない。が、その会話はすっかり自分が零とワンセット扱いであることを諒花に実感させた。
「あなたは諒花と歩美を傷つけた。結局私達を狙ってることには変わりない。仲間ヅラしないで」
「グッ……」
突き刺さる言葉。シーザーは案の定、返す言葉が見当たらず唇を噛んだ。ここで暴れれば一時的に手を組む関係も破綻する。返しても言い訳なんか聞きたくないと返されるのが目に見える威圧感。もはや、黙々と階段を降りることしか出来ない。
零は自分や歩美のことを思って厳しい態度をとっていることは、諒花の目にも明らかだった。最も、シーザーは戦いを仕掛ける前から誰かを人質にして誘い出す手段を二度もとっている。その被害に遭った零に警戒されても仕方ない。守るべき大切な存在を傷つけられれば、誰でも怒るのは当然で、零は特にその意識が強いので尚更だ。
何度やられても強い執念で挑んでくる赤バンダナ、大バサミのシーザー。もう会うのもこれが四度目になる。
が、これから行ってみないと何が起こるか分からない滝沢家との話し合いに、理由はどうあれ手を貸してくれるならば、諒花にはありがたい事だった。
ここまで見て何となく分かったこともある。元から勝つために手段を問わない奴ならば、一回目の戦いの時点で零を再度人質にとってこちらの動きを止めて攻めてきてもおかしくなかっただろう。にも関わらず一切それをせず、タイマンに持ち込んできた。
そして二回目の戦いはわざわざこちらの目の前で歩美を解放してから勝負に臨もうとしていた。しかも再び人質にとってくることもなかった。真っ向勝負だ。
これらを踏まえると本当はただ、こちらとの戦いを渇望してるだけなのではないか。ついて来ようとしたり、別の敵が現れたら休戦したり、やたらリベンジすると言ってくるのもそのためであって。最も、零には聞き入れてもらえないだろうが。
どんな相手でも、何度挑んでこようがこの手でぶっ倒してやる。初月諒花はそう思っていた……が。
今さっきのこと。ただ一人、拳が出なかった相手が現れた。そう、笹城歩美。これまでの敵を殴るのとはワケが違う。
いつの間にか姿を消した樫木。最初は彼の言っていることを疑う他なかったが、恐る恐るあの鎧の素顔を確認した途端、落胆の感情に押し潰されると同時に寒気が走り、闘争心が一気に消失した。
あの歩美と戦わないといけない。どうすればいいのか。下手すれば自分のチカラが歩美を殺してしまうかもしれない。
歩美は幼い頃からの友達だ。その身体を痛めつけることにも躊躇いが生じる。
向こうは本気だった。そこにはそれまでの友情は無いに等しい。最初からこのビルの屋上で零も含めてこちらを襲うために動いていたのだから。
花予から着替えとかを預かって持ってきたのもそのためで、優しい歩美ならば、ごく自然の行動だった。まず気づけるわけがない。女騎士だと疑う余地もない。
突如敵となったそんな相手にどうすればいいのか。諒花は全く分からなかった。
 




